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8.幼なじみでおっきくなる


 屋外プールに集まったクラスメイト達の賑わいにも負けじと、真っ白な太陽の光を受けた水面がキラキラと輝いている。


「行くぞー!」


 手をあげた杉浦君が、水中から飛び上がり、後ろへ一回転。


 下に潜っていた人が、発射台になったらしい。


 大きな飛沫が上がり、先生が怒鳴り声をあげた。


 授業を終え、着替えを済ませた僕は、杉浦君と長谷部君と共に自販機へ向かった。


「あんなに怒鳴らなくてもいいのによぉ」


「あれは流石に朝倉が悪い」


 ジュースを買ってその場で飲んでいると、クラスの女子達がこちらへ歩いていくる。


「お疲れー。いいなぁ、プール」


 そう口にした範田さんの隣には、石川さんとこまりの姿がある。


「明日はそっちの番だろ。別に一緒にやればいいのにな。水泳の授業」


「欲望に忠実だねぇ」


 範田さんが言うと、杉浦君は焦った様子で口を開いた。


「はぁ!?俺はそっちの方が回数も増えるし楽だなと思って」


「でも実際、こまりと一緒になったら、色々と大変で水泳どころじゃなくなっちゃうんじゃないの。凛月りつきちゃん」


「そ、そんなわけねぇし!てか本人の前でそういう事言うの、駄目だろ」


「大変?」と首をかしげるこまりへ、石川さんが、耳打ちをする。


「大きくって……あっ!」


 何かに気がついた様子で、こまりは顔を真っ赤に染めた。


「こまりちゃんもいいけど、俺としてはやはり舞音まのんちゃん推しだな」


「へぇ。ハセッチ、ああいう子が好みなんだ。可愛いもんねぇ、川口さん。全然話してくれないけど」


「そこがいいんだろ。優しくないギャルのスク水とか、最高でしかない」


「体育はいつも見学してるけどね」


「なんだと……」


 教室に戻り、水着を入れるため、後ろに並ぶロッカーを開けた。


 すると見覚えのない、折り畳まれた紙が入っている事に気がつく。


 どうやらノートを切り取ったものらしい。紙を開いてみると黒いボールペンで、文字が書かれている。


『話したい事があります。放課後、食堂の裏で待っています』


 周りを見渡すが、こちらを見ている生徒はいない。


 教室に先生が入ってきて、僕は紙を持ったまま席に戻った。


 授業が始まり、僕は先生の声をBGMにして、手元の紙のじっと眺める。


 こうしたものを目にするのは、初めてではない。もっとも、こまりに渡してと言われたり、こまりから相談を受けたりというかたちでだ。


 だからこの紙が何を意味するものかは分かっていた。


 誰かが僕のロッカーに間違えて入れてしまったのだろう。


 地味で小さい僕は、告白をされるような人間ではないから。


 放課後、指定された場所へ向かえば差出人に間違えを伝える事ができるだろうけど、僕にこの事を知られるのは恥ずかしいだろう。


 もしかしたらそのせいで告白の意志が揺らいでしまうかもしれない。


 できれば当人に知られないかたちで、本来の相手へ届けてあげたいところだ。


 そのためには本来の相手のロッカーにこれを入れ、間違いをなかった事にしてしまえばいい。


 教室のロッカーにはそれぞれ鍵がかかっているけど、紙ならば扉の隙間から入れられるだろう。


 僕もロッカーにも同じ方法で入れられたはずだ。


 教室のロッカーは上下二段。橫にずらっと並んでいる。


 僕のロッカーは窓付近の下段。


 間違えたとするなら、僕の左右か上の段のロッカーに入れようとした可能性が高いだろう。


 ロッカーは右端上段が1番。その下が2番で、その左上が3番と名簿順に並んでいる。


 僕の右は鹿野君。上は川口さん。左が小宮山君だ。


 2人が男子生徒で、1人が女子生徒。


 さて。文字はどちらかといえば、男子的。


 体育の授業の前、水着を取り出す時に僕はロッカーの中を確認している。


 その時に中に紙は入っていなかったため、紙が差し込まれたのは、僕が体育の授業へ向かい、戻ってくるまでの間だ。


 この学校では女子は更衣室、男子は教室で着替える事になっているため、体育の後、男子の方が先に教室へ早く戻ってくる事が多い。


 教室に人が集まった状況で、バレないよう他人のロッカーに近づくは難しいし、女子生徒が1人早くに教室へ戻って来ていたら、多少なりとも目立ちはすはずだから、紙をロッカーへ入れるのが容易なのも、男子生徒の方だろう。 


 ひとまず差出人が男子生徒だと仮定してみると、宛先は女子である川口さんと考えるのが妥当。


 とはいえ、こんな推測だけで決めつけるのは、間違えた場合のリスクが大き過ぎる。


 小宮山さんに興味を持っている人物と言えば、真っ先に思い浮かぶのは長谷部君だけど、彼は僕と一緒に行動していた。


 教室に戻った長谷部君が、僕のロッカーに近づくところは見ていないから、彼ではない事は確かだ。


 そこまで考えたところで、前の席からプリントが回ってきた。


 川口さんから差し出されたそれを、指で摘まんで引っ張ろうとしたけど、プリントが彼女から離れない。


 不思議に思い彼女へ目をやると、川口さんは小声で言った。


「放課後。待ってるから」


「えっ……」


 抵抗がなくなり手元に引き寄せられたプリントを、僕は唖然と見つめた。


*


 僕の間違いは2つあった。


 1つ。体育を見学した生徒の存在を考えなかった事。


 制服のまま体育を見学していた彼女は、他のクラスメイトの誰よりも早く、教室に戻る事ができただろう。


 2つ。こまりの過去を見てきたせいで、あのメモを告白の呼び出しとばかり思い込んでしまった事。


 告白の呼び出しでないのなら、メモが自分へ向けたものだという可能性を最初から切り捨てる事はしなかったはずだ。


 放課後。川口さんと話した後、僕はこまりの家に向かった。


 チャイムを2回素早く押すのが、僕が来たという合図。


 誰も出てこないから、そのまま鍵を使って中へ入ると、リビングのテーブルに突っ伏して、こまりが寝息を立てている。


 その手元にはノートや教科書。タブレット。


 期末テストも近いし、いつも以上に頑張っているのだろう。 


「こまり?」


 僕は彼女に近づき、そっと肩を揺すった。


「んん……」


「こまり?」


「ん……」


 こまりは目を閉じたまま、僕の方へ両手を広げた。


 僕は彼女の背中へ腕を回し、このまま体を起き上がらせる。


「おはよ」


「うん」


 こまりは頷き、僕の胸で目を擦った後「えっ!?」と後ろへ大きく飛び退いた。


「ご、ごめん!」


「別にいいよ。いつもでしょ。寝起きが悪いのは」


「そこまで悪いわけじゃ……」


 気まずそうに僕から離れ、服を整えるこまり。


「これ」


 僕はポケットから取り出した手紙を、こまりへ差し出す。


「あっ……」


 手紙を見たこまりは、自分の制服のポケットへ手をやった。


「中。見た?」


「ううん。落ちたところみて、拾っただけだったから」


「そ、そう」


 男子が用意したものにしては、少し可愛らしいデザインな気がするが、中身はおそらくラブレターだろう。


 体育の後、更衣室へ向かうこまりのポケットから落ちたものを、川口さんが拾ったらしい。


「バレると困るんでしょ」


 人目のない食堂の裏手で、僕に手紙を渡した彼女はそう言った。


「ああ、ごめん。そこまで気を使わせてちゃって」


 他の人に川口さんと僕が同じ小学校だった事を知られれば、そこからこまりとの秘密が露見する可能性はあるだろう。


「こうした方が面倒が少ないと思っただけ。色々変わったみたいだから。お互い」


「川口さんもだいぶ印象変わったもんね。直ぐには気づけなかったよ」


「文句ある?」


「全然。すごく似合ってるよ」


「べ、別にアンタに見せたくてやってるわけじゃないし」


「うん。分かってる」


 僕が言うと彼女は不機嫌そうな顔をして、手紙を指差した。


「中、読まないの?」


「まさか」


「そう。じゃあ私、行くから」


「うん。本当にありがとう」


 それが放課後、川口さんとしたやり取りだった。


 用を済ませたため、こまりの前から立ち去ろうとすると、こまりは僕の制服の裾を握り、引き留める。


「どうしたの?」


「……たー君はさ、おっきくなったり、しないの?私とくっついたりして」


「な、なに言ってるんだよっ!?いきなり!」


「ごめん」


 消沈した彼女を見て、正直に答えるべきだと思い、口を開く。


「……なるべく、意識しないようにしてきたよ。そうじゃなきゃ、色々な事が今まで通りではなくなってしまうと思ったから」


 いつからかこまりが無防備であるほど、肌の様子から体調を伺ったり、下着の傷みを気にしたりするようになっていた。


 多分それは、僕がこまりの女性的な部分から目を反らすため、身につけた癖なのだろう。


「そっか」


 こまりは真っ赤な顔を俯かせ、消えるような声で続ける。

 

「意識しても、いいよ。これからは……」


「なっ!?」


「着替えてくるっ!」


 ドタドタと彼女が去った後、その場に残された僕の心臓はしばらくうるさいままだった。


 なんなんだ、いったい……。


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