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6.幼なじみがいない休日


 休日。本を読んだり、動画をみたりして、昼までゴロゴロと過ごしていると、母さんに「こまりちゃんと喧嘩でもした?」と声をかけられた。


「え?なんで?」


「だって最近、お休みの日、出かけないじゃない」


 母さんの中では、僕が外出する時には常にこまりが一緒という事になっているらしい。


 確かに僕はこれまで、こまりや家族以外の誰かと休日を過ごした事がない。


 誰かに誘われでもしなければ自発的に遊びにいこうなんて考えないし、その誰かというのは、大抵こまりであって、まれに他の友達から誘われた場合であっても、いつも彼女が一緒についてきていた。


 だから高校に入ってからは休日になる度に、暇を持て余す事になっている。


「別に喧嘩とかはないよ。あっちも高校で友達できたみたいだし、忙しいんじゃない」


「へぇ。あのたすくにべったりなこまりちゃんがねぇ」


 こまりとの約束は、彼女が周囲に僕と幼なじみだという事を知られたくなくて結んだもの。


 休日まで擬装する必要はないだろうと思っていたのだけれど、どうやらそういう事ではないらしい。


 幼なじみじゃない関係として遊ぶのならいいとは言われたけど、謎なぞを出題されたような気持ちだ。


「たまにはどこか、出かけて来ようかな。何か買ってくる?」


「あー、後で夕飯の食材買いに行こうとは思ってたけど」


「じゃあ今日は僕が用意するよ」


「あら。ありがとう」


 着替えを済ませてお金を受けとると、家を出た。


 天気は快晴。休日の解放感と、広がる青空が、胸を清々しくさせる。


 どうせやる事がないのだから少し手の込んだものを作るのも悪くないかもしれない。


 前にこまりが、テレビでタイ料理が映っているのを見て、食べてみたいと言っていたのを思い出す。


 だけどきっと苦手で食べられないのだろうなぁ、なんて考えながら、住宅地を抜け、畑や住宅が並ぶ道路を進んでいく。 


 お互いの両親がいない時、こまりの分も用意したりする事があったから、料理はそれなりにできる。


 カップラーメンを作るのさえ失敗するくせに、味にはうるさいこまりを納得させるため、結構練習もした。

 

 1人の時間を多く過ごすようになってから、自分は、自分のために何かがしたいという意思が、人より薄いのかもしれないと感じるようになった。


 趣味もなく、目標もない。そんな僕にとってこまりと交わした約束は、何かを始めるいい切っ掛けになるかもしれない。


 もしかしたら、こまりはそれを考慮して?なんて考えもしたけれど、そんな遠回しな気の使い方ができるタイプではない。


 十分ほど歩いて、最寄りのスーパーにたどり着いた。


 カートを押して、食品売り場を歩いていると、露出の多い派手な服装と金色の髪に目が止まる。


「川口さん」


 呼び掛けると、鋭い視線がこちらへ向けられる。


「なに?」


「いや、こういうところでクラスメイトに会うの、珍しいなと思って」


「そう」


 川口さんは、僕から野菜棚に目を移し、更に続ける。


「今日はあの子、一緒じゃないんだ」


「あの子?」


 聞き返しながらも、僕はこまりの事を頭に思い浮かべていた。


 しかし高校のクラスメイトである彼女が、僕達の関係を知っているわけがない。


「まぁ。どうでもいいけど」


「ちょっと待って」


 去っていこうとする彼女を、僕は呼び止めた。


 彼女のカートの中には、お米やキャベツ、牛乳や長ネギ。


 家が近所にあるのかもしれない。


 そして、僕とこまりの関係を知っている事。聞き覚えのある珍しい名前。


 重なった情報が、僕に1つの答えを示す。


「もしかして、舞音まのんちゃん?」


 川口さんは少し驚いてみせた後、伏し目がちに「うん」と答えた。


 随分と見た目は変わっているけど、意識してみれば確かに面影がある。


「親、離婚したから、名字変わった」


「あ、そうだったんだ。ごめんね」 


「別に。謝る事じゃないし」


 舞音ちゃん。川口さんとは、小学校が一緒だった。


 クラスは違っていたけど、家が近所だったから、下校が一緒になった時、何度か言葉を交わした事があった。


「今言ったあの子って、こまりの事、だよね?」


 川口さんは小さく頷く。


 高校では話しているところを見たことがないから、こまりの方は彼女の事を気づいていないのだと思う。


 小学校の頃こまりは、今ほど積極的に人と関わる事ができなかったから、元々、2人の関係は面識があるくらいのものだし。


「できればいいんだけどさ、こまりと僕が幼なじみだって事、他の人には隠しておいてくれない?」


「……なんで?」


「うーん、なんでって言われると説明が難しいんだけど。僕が幼なじみだと、こまりに迷惑かけちゃうみたいだから」


「……うざ」


「え?」


「あの子、昔はあんたがいなきゃ何もできなかったのに、ずいぶん虫がいいんだね」


「ああ。それはいいんだよ」


 川口さんの言うように、小さい頃のこまりは、僕の服を握っていなければ外にさえ出られないくらい、自分に自信のない子だった。


 その原因は、彼女の両親が優秀過ぎた事にある。


 どちらも幼い頃から目立った成績を残していたらしく、こまりは、そんな両親の親戚達から、大きな期待をかけられた。


 特に離婚した父方の方はエリート志向が強い一族で、会う度に父の優秀さを語られ、プレッシャーをかけられていたのだという。


 しかし、こまりにはその期待に応える才能はなかった。


 ある時、親戚が自分の事を「鷹がとんびを産んだ」なんて話をしているのを耳にしてしまう。


 その時は理解できなかったが、こまりは後に意味を調べて絶望する。


 彼女の母は、こまりに健康以上のものを求めなかったが、彼女自身は納得できなかった。


 一時いっときは、自分の母や僕が側にいなければ、外へ出ることもできなくなってしまった。


 そんなこまりが今の生活を送れるようになったのは、彼女が絶え間ない努力をしたからだ。


 自分が優秀になる事で、自分は優秀ではないというコンプレックスを克服したからだ。


 勉強は勿論、体育は種目が変わる度に練習をしたし、中学生くらいからは、ファッションなどの見た目にも気を配るようになった。


 今に至るまでのその道のりが、決して平坦なものではなかった事は、事情を知り、できる限りの協力をしてきた僕は、誰よりもよく知っている。


 だから、彼女が優秀な人間に見られるためなら、幼なじみを隠す事くらい、いくらでも受け入れる事ができる。


「まあ、あんたがいいなら別にいいけど。話す相手もいないし」


「変なお願いしてごめんね。ありがとう」


 川口さんにお礼を言い、僕は食材と共に帰宅する。


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