5.幼なじみと放課後
朝、電車を降りた後、こまりは友達と合流し、学校へ歩いていく。
僕は周囲の学生達の賑やかな声を聞きながら、その後ろを1人で歩く。
学園の前の並木道まで進んでくると、爽やかな風が肌を撫でた。木々の葉擦れが耳に心地く響く。
大きく息を吸って空を見上げると、広々とした青い空に浮かぶ白い雲。
夏が近づいてきている。
運動部のかけ声を聞きながら、昇降口を抜けると、階段を上がり、1年A組の扉を開いた。
誰に声をかけるでもなく自分の席へ向かう。
荷物を下ろし、チラリと教室中央へ目を向けると、友人達に囲まれ笑顔を咲かせるこまりの姿。
「そろそろ衣替えだね」
「夏服のこまりかぁ。そそりますなぁ」
「急にオジサンになるの、やめてね」
大丈夫。僕がいなくても、こまりは学校生活を送れている。
安堵する僕に、右後ろから声をかけてくる男子生徒が1人。
「なぁ、君崎」
僕は杉浦君の方へ振り返った。
「君崎ってゲームとかする?」
「あー、ごめん。全然やらないんだよね、僕」
「そうかぁ。最近新しいやつ始めたんだけどボイチャ繋いでやったら、ボロカスに言われてさ」
「ボロカス?」
「そうそう。カバーおせぇよカス!とか、目玉ついてんのかボケ!とか、平気で言ってくるんだよアイツら」
「こ、恐いんだね、ゲームって」
「おう。だからお前も一緒にやらねぇかなぁって」
「それ聞かされる前に、誘われたかったかな」
「まぁ、確かに」
*
放課後、杉浦君に誘われ、駅前にあるショッピングモールへ繰り出した。
都会とは言いがたいこの辺りの地域だけど、駅の周りだけはそれなりに栄えていて、大きな商業施設や背の高いマンションなんかが建っている。
新幹線も通っているため交通の便はよく、意外にも都心部で働いている人が多く住んでいるのだとか。
こまりのお母さんなんかもここの駅を経由し、職場へ通っているようだ。
「なに買うの?」
「いや、別にないんだけどよ。家帰ったって暇だし、周りの奴ら部活始めたりして付き合い悪いから。佑いてよかったわ」
「杉浦君、部活は?」
「中学まではそればっかりだったからなぁ。もう疲れるのはあんまって感じ。将来役に立つわけでもねぇだろ?」
そう言って笑う杉浦君の顔は、少し寂しそうに見えた。
「まぁ。可愛い子がいるとかだったら考えないでもなかったけどな」
「千藤さんとか?」
「なっ!?まぁ。そうだけどよ」
体育の成績がいいこまりだけど、これまでクラブや部活に入った事は一度もない。
その理由を知っているのは、おそらく僕だけだろう。
「とりあえずゲーセン行こうぜ」
人で賑う吹き抜けの通路を歩き、エスカレーターを上っていく。
思えば家族やこまり以外と、こういう場所に来るのは初めてかもしれない。
昔からそれが僕。僕らにとっての当たり前で、その事について疑問を抱いた事もなかった。
もうすぐ二階に到着するというところで、杉浦君が下を覗き込んで「ん?」と声を漏らす。
「あれ、ウチのクラスの……てか千藤さんもいんじゃん!」
「ん。ほんとだ」
「ど、どうする!?声掛けてみる!?」
「あー、いや……」
クラスメイトといるのに、こまりと関わるのはあまりよくない気がする。
そう思ったけど、こまりの友達の1人がこちらに気がつき、手を振ってきた。
僕は手を振り返しながら、彼女の後ろにいるこまりを確認する。
やはりみんながいる場所では関わりたくないのか、視線を合わせようとしない。
こまりが友達と共にエスカレーターで上ってくる。
お洒落で元気な範田さんと、背が高くボーイッシュな雰囲気の石川さん。
こまりが特に仲のいいクラスメイトだ。
杉浦君がゲームセンターへ行こうとしている事を語ると、範田さんが一緒に来る事を提案。
こちらをチラリと見たこまりへ「いいの?」と口だけで尋ねると、彼女は小さく頷いた。
ゲームセンターに到着すると、メダルや筐体の音が、一気に耳を覆った。
「俺、メダルあるからさ!どんどんやろうぜ!知らないのとか教えるし!」
杉浦君は少し興奮しているように見える。
「おー、やるじゃん。凛月ちゃん」
「その呼び方、やめろって言ってるだろ」
言い合う二人には目もくれず石川さんは辺りをキョロキョロ。
そして「あ」と一台のクレーンゲームに視線を向けた。
「あれ、欲しいかも」
石川さんが指差したのは水色の髪をした女の子のフィギュアだった。水着姿で、前屈みで胸を強調するような格好をしている。
「今やってるアニメのキャラだっけ?好きなの?」
と杉浦君。
「知らない。でも顔がいい女、好きだから」
「な、なるほど?」
「胸の大きな女も。だから飾りたい」
「そ、そうなのか……」
それを聞いていた範田さんが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「おっぱいを西側に置いて寝ると幸福になれるって言うしね」
「こまりの家って、どっち方向だっけ?」
石川さんが聞くと、こまりはため息を吐いた。
「私をおっぱいとして扱わないでくれる?あるわけないでしょ。そんなハレンチ風水」
ゲームセンターで遊んだ後、僕達はフードコートへ向かった。
5人で空いてるテーブルに座る。
僕の隣に杉浦君。向かい合わせにこまり達が並んだ。
「君崎にあんな特技があったとは。動きが玄人だったわ」
石川さんが抱えているフィギュアの箱を見ながら、杉浦君が言う。
クレーンゲームには杉浦君や石川さんが何度も挑戦したけど、中々取る事ができず、こまりに脇腹をつつかれ、僕がチャレンジする事になった。
「結構やった事あるからね。昔、取ってってよく頼まれて」
「もしや彼女ござるか!?」と、範田さんが身を乗す。
「いや。ただの幼なじみだよ」
「なにそれ!彼女より興奮するやつじゃん!」
「興奮ってなによ。だいたいみんな幼なじみに幻想抱き過ぎなんだって」
これまで何度口にしてきたか知れない台詞を、こまりが言う。
「あれ?千藤さんも幼なじみいるの?」
杉浦君に尋ねられたこまりと、一瞬目が合う。
「……まぁ、今はそう言えるか分からないけど」
「あー。分かる!そんなもんだよな。俺も小学生の時遊んでた奴とか、今は全く付き合いないし。そんなもんだよ。うん」
「凛月ちゃん、私とこまりで態度違いすぎない?」
「そんな事ねぇって」
「佑ちゃんは気になる人とか、いないの?」
範田さんが僕に聞くと、こまりの体がピクリと跳ねた。
「僕はそういうのは、あんまり」
「えー。つまんない」
「ご、ごめん」
謝ると石川さんが唐突に口を開く。
「希望は、伊達先輩が好き」
「ちょっと、麗ー」
範田さんは声を大きくしたものの、それほど怒った様子ではなかった。
「伊達先輩って、3年の?」
と、杉浦君。
「えっ!もしかして知り合い?」
「いや。中学一緒だっだけで、話したこととかはねぇけど」
「なんだよー。役立たず」
「辛辣すぎるだろ。てかお前。本当にあの先輩好きなのか?」
「別に好きって言うか、まだ気になってるだけで。なに?文句あんの?」
「別にねぇけどよ……」
範田さんの剣幕に圧されてか、杉浦君は言葉を濁した。
それからしばらく話した後、解散の流れとなった。
僕は駅の周辺で時間を潰し、こまりとは別の電車で帰宅する。