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4.幼なじみとブラックコーヒー


 高校の体育の授業は、生徒の自由にしろという感じで、運動が苦手な僕とってはありがたい。


 体育館の隅でモジモジとしているそんな僕とは違って、こまりは毎回の大活躍。


 リバウンドでこぼれたボールを瞬く間にゴール下まで運ぶと、華麗なレイアップシュートを決め、周囲を沸かせた。


 体育を終えた後、教室でズボンを脱いでいると、ガラガラとドアが開き、1人の女子生徒達が現れる。


「ば、馬鹿。まだ着替えてるだろ」


 僕の右後ろで着替えていた杉浦君が言ったけど、川口さんはチラリと一瞥いちべつしただけ。


 スタスタと中へ入ってきて、僕の前の席に腰を下ろした。


 川口かわぐち舞音まのんさん。


 金色に近い長い髪に、派手な化粧とネイル。大きく開いた胸元と短いスカート。


 授業態度を指摘されたり、授業に出なかったりする事が多く、ある意味、このクラスでこまりと同じくらい目立っている人だ。


「なに?」


「え?」


 彼女に声をかけられ、僕は聞き返す。


「見せたいの?」


「ううん」


 パンツを指差された僕は首を横に振って、ズボンを履いた。


 すると、つんつんと、杉浦君に脇腹をつつかれる。


「お前さ、少しは恥ずかしがれよ。大声だした俺が馬鹿みたいだろ」


「ああ、ごめん。見られるの慣れてるから」


「ええ!?誰にだよ!」


 勿論こまりにだけど、たとえ約束がなくたって話す事はできない。


 中学1年生の頃、時々こまりとお風呂に入っている事がバレて大変な思いをした事がある。


 着替えを済ませると、自販機へ向かった。


 生徒達の教室がある本館。その北棟と南棟の間を繋ぐ渡り廊下の途中に、自販機はある。


 渡り廊下を歩いていくと、三台並んだ自販機の前で、こまりが彼女は先輩らしき男の人と話していた。


 身長が高く、左右を刈り上げた髪型。少し恐そうな先輩だ。


 状況によっては駆けつけなければと身構えたものの、話しが終わったのか、先輩はすぐにその場を立ち去って行った。


「知り合い?」


 自販機までやって来ると、取り出し口へ手を伸ばしているこまりに声をかけた。


「ううん。突然奢ってあげようかって声かけられただけ」


「ふーん」


「勿論断ったわよ。よく知らない人だったし」


「人気者は大変だ」


「いい加減慣れるわよ。あれくらい」


「動揺して間違ったの買っちゃってるのに?」


 僕が右手の指差すと、彼女は手にしたブラックコーヒーを見て「あっ」と声を漏らした。


「業者の人が入れ間違えたのよ。きっと」


「どれ押したの?」


 こまりは、黙ったままカフェラテをボタンを指差す。


 ミルクと砂糖たっぷりの、彼女お気に入りカフェラテだ。


 僕は自販機にスマホをかざし、カフェラテのボタンを押した。


「僕の方は当たりだったみたい」


 取り出したカフェラテを差し出すも、こまりは「いい」と、首を橫に振る。


「え?だって飲めないじゃん。ブラック」


 彼女は昔から好き嫌いが多い。生の野菜は殆ど食べられないし、大好きなスイーツと、苦みが強いものは苦手だったりする。


 人前では我慢して食べるようにしているけど、2人でご飯を食べている時は、僕のお皿に野菜が足されていく事がよくあった。


「飲むからいい。約束、忘れたの?」


 口にして、こまりは近くのベンチに腰を下ろす。


「今はいいでしょ。一人なんだし」


「よくない。あと、パンツ見えそうって送ってくるのも、部屋勝手に片付けるのも駄目だからね。普通にセクハラだし」


「こまりだって助かるって言ってたじゃん」


「高校からはセクハラなの。普通の友達はやらないでしょ。そういうの」


 どうやら知らない内に怒らせてしまっていたらしい。


 この調子では、カフェラテは受け取ってくれないだろう。


「その普通の友達っていうが分からないんだよぁ」


「普通は普通よ」


「こうやって話すのは?」


「友達としてならOK」


「僕、友達ってあんまり作った事ないから」


「それ。たー君……君崎君は、そうやって今まで、私ためにばかり生きてきたでしょ?」


「そんな事ないと思うけど」


「あるの。説明してるんだから話しの腰を折るのやめなさい」


「相変わらず強引だ」


「とにかくそういうのから解放されて普通の生活をしようって事。例えばほら。れ、恋愛とかだって、あるじゃない?」


「したいんだ」


「違っ……」と言いかけて、こまりは口を閉ざした。


「まぁ。こまりがしたいなら、僕は応援するよ」


「するな、馬鹿」


「えぇ。理不尽」


「私のために何かするなって言ってるの」


「友達としてなら?」


「駄目」


「理不尽だ……」


 そう言って僕はカフェオレの封を開けた。


 一口すすって「甘っ」と声を溢らしたところで、渡り廊下の方から声が聞こえ、目を向ける。


 クラスメイトの杉浦君達がこちらへ歩いてくるのが見える。


「教室、一人で戻れる?」


「当たり前よ」


「分からなかったら、誰かに着いていくようにしなね」


「大丈夫って言ってるでしょ」


 こまりの鋭い視線を背に受けながら、僕はその場を後にする。



 教室に戻り、カフェオレを飲んでいると廊下から戻ってきた杉浦君が、右後ろの席に座った。


 杉浦すぎうら凛月りつき君。


 気さくで賑やかな人で、席が近い僕にも声をかけてきてくれる。


 彼はこまりの事が気になっているようだけど、照れてしまって、面と向かって話す事はできないらしい。


 時々その事で、友達にからかわれている。


 今はこまりの幼なじみとしてそういう話に巻き込まれる事はなくなった。


 その分、周りも遠慮なくこまりの事を話すため、家族のような僕からすると、ムズムズとしたものを感じる事がある。


 席に腰を下ろした杉浦君は、手にしていたブラックコーヒーに口をつけ、顔をしかめた。


 こまりが苦手なものを口にした時と同じ表情だ。


「もしかしてコレ、買おうとした?」


 僕は振り返って彼に聞いた。


 てっきりこまりがボタンを押し間違えたのだと思っていたけど、本当に業者の人が入れ間違えていたのかもしれない。


 もしそうなら嫌な態度をとってしまった。


「えっ。なんで?」


「さっき自販機でコレ買おうとしたら、そのコーヒーが出たって言ってた人がいて」


「あー。あるよな、たまに」


「うん。多発するようなら、管理の人に連絡した方がいいのかなって。このカフェラテ、結構人気みたいだから」


 こまりもよく買う商品だし。


 少し不思議なのが、杉浦君がカフェオレを買ったのは、僕より後という事。


 こまりは僕の前に買っていたから、僕のカフェオレは2人のコーヒーの間に入っていたという事になる。


 業者の人が間違えたとしても、1本だけとか、商品まるごとって感じになりそうなものだけど。


「いや。俺は元々これを買おうとしたからさ」


「えっ?そうなの?苦手そうに見えたから」


「まぁ、得意ではねぇけど」


「ならどうして?」


「……そんな気分だったというか」


「あるかなぁ。そんな気分の時」


 授業が始まる頃、こまりが友達と一緒に教室へ戻ってきた。


 珍しく1人でいると思ったけど、友達も飲み物を手にしているところをみる限り、あの場所で待ち合わせをしていたのだろう。


 こまり達を見た杉浦君は、右手の缶コーヒーを見て小さくタメ息を漏らした。


 要らなくなったとでも言って譲ったのかもしれない。こまりは手に何も持っておらず、こまりが買ったものと同じコーヒーが友達の手に握られている。


 そういえばこまりと話していた時、渡り廊下から歩いて来たクラスメイトの中に杉浦君もいた。


 彼が自販機でコーヒーを買った時、こまりはその真後ろのベンチ。好き相手に声をかける事ができないシャイな彼の姿が、完全に視界に入る位置に座っていたはずだ。


 好きでもないコーヒーを買う理由も、好きな人をの気を引く方法も色々ある、という事なのかもしれない。



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