3.幼なじみのパンツ
「でもやっぱり……千藤さんだろ」
2時間目の休み時間。後ろの席から、馴染みのある名字が聞こえて、僕は思わず耳を傾けた。
「分かる。流れるような黒髪に、吸い込まれるような瞳。高潔さすら感じさせる容姿に加えて、あの胸だからな。正統派。いや全方位派のといっても差し支えない」
入学から約一ヶ月。やはりこまりの容姿は、クラスの男子生徒から噂をされるほどに目立っているようだ。
「千藤さんって、部活とか入るのかな?」
「入るんじゃないか。スポーツ得意みたいだから」
「同じ部活になれば、仲良くなれるかも」
「無理だな。挨拶されただけで顔赤くしてただろ、お前」
これまでの人生なら、そろそろこまりの事をこの2人が聞きにきていたところかもしれない。
「は!?してねぇし!お前の方がしてたし」
「子供か」
「何部入るんだろうなぁ」
「俺的にはバレー部を希望。陸上も捨てがたいが」
「何故に?」
「ユニフォーム」
「あー。いいな……。バインバインだ」
「たゆんたゆんだろ」
「確かに」
「そして、ぷりんぷりん」
「なるほどっ」
「さらに、のよんのよんだ」
「え?どこがどう?」
そういえば今日は体育の授業があった。こまり、ジャージ持ってきていたっけ?
なかったら昼休み代わりに取りに帰って……と、考えたところで「いけない、いけない」と僕は首を振った。
約束だ。約束。
教室中央にある彼女の席へ目を向けると、こまりはクラスメイト達と談笑している。
「まずはショートの動画を連発して知名度をあげるところから始めるとして、他にない強みがないとだよね」
「こまりが見切れてるところで撮るとか?」
「いっそ、こまりの隠し撮りを垂れ流しでよくない?」
「それ、いい。余裕で金盾」
「ねえ。私、聞こえてるよ?」
騒がしい教室で、彼女の周りはいっそう華やいで見える。
こうして一歩引いたところから見ていると、他のクラスメイトの中にも、チラチラと彼女へ視線を送っている生徒がいる事が分かる。
彼女は既に人気者だ。
一方僕の方は、まだ友達と呼べるような相手はできていない。
千藤こまりの幼なじみとしての人生を送ってきた僕と違って、こまりにとっての幼なじみは人生のオマケ。いや、多分足枷になっていたからこそのあの約束だったのだろう。
僕に気を使ってか、直接的な言い方はしてこなかったけど、彼女の周りに集まるキラキラとした同級生達を見ているとそれがよく分かる。
僕とは違う、メインキャストとしての役割を与えられた人達。
地味で取り柄もない幼なじみなんて、設定として存在はしていても、わざわざストーリーに絡めたら邪魔になるだけなのだ。
ただ、これだけは、こまりに伝えておかなければならない。
『パンツ見えそう。足、ちゃんと閉じないと』
スマホでメッセージを送ると、それを確認したこまりはバッと足を閉じ、赤い顔でこちらを睨みつけてくる。
*
放課後。こまりはクラスメイト達と何処かに寄って帰るようだった。
高校に入るまでは、帰る時も、誰かと寄り道をする時も、僕と一緒だったこまり。
友達と仲良くできるだろうか。帰り道は1人で大丈夫だろうか。
心配はあるけれど、彼女は先に教室を出ていってしまったため、行き先は分からない。
気になるけど、こっそり後をつけたりでもしたら、バレた時にすごく怒られるだろう。
電車に乗って家に帰ると、荷物を部屋に下ろし、こまりの家に向かった。
こまりのお母さんから預かっている合鍵で玄関の扉を開き、こまりの部屋へ向かう。
毎朝足を運んでいるこまりの部屋。
主がいないだけで、少し寂しく感じる。
「さてと」
僕は窓を開け、部屋の中をざっと見渡す。
テーブルには飲みかけのペットボトルや勉強道具。
その下には、ペンやシャツやお菓子の袋。
片付けをしようとしても逆に散らかしてしまうようなこまりだから、時々、僕が掃除をしてあげなければ、部屋が大変な事になってしまう。
放置したままのものを口にして、お腹を壊した事だってあるくらいだ。
目につくゴミを片付けた後、散らかっている服を片付けていく。
見慣れない下着を見つけ、それを手に取った。
大人っぽいデザインの赤色の下着。最近買ったものらしく、まだ新しい。
こまりがファッションに興味を持ち始めた頃から、彼女が身につけるものは殆ど一緒に選んできた。
こまりは僕が選んだものを着たがったし、僕の方も、彼女が周りから笑われたりしてはいけないと、雑誌なんかを読んで勉強もした。
だけどこの下着は見た事がないものだ。
こまりの洋服のセンスはなんというか、すごく個性的な印象だったけど、彼女なりに勉強をしたのか、お洒落なものだ。
僕との約束があるから?
それなら高校に入る以前から、幼なじみを解消する準備をしていたという事になる。
正直その理由をしっかりとは理解できていないけど、彼女にそこまでの熱意があるのなら、尊重してあげなければいけない。