1.僕の幼なじみ
舞台上にあがった彼女に、体育館の中がざわめいたのを感じた。
「桜の花が咲き、新たな命が芽吹く、このような素晴らしい日に、清栄高校の一員となれた事を心から嬉しく思います」
清らかな声。凛とした姿で新入生代表の挨拶をする黒い髪の女子生徒。
多くの人の目を惹く端正な顔立ちは、美しさと愛らしさを兼ね備え、流れる黒髪は絹糸のように艶やか。
服の上からでも分かるメリハリのある体は、男女ともに憧れを抱くものだろう。
入学試験1位。頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗を地でいく僕の幼なじみ、千藤こまりの代表挨拶は、同窓の友たちに、強い印象を与えた事に違いなかった。
*
「これでよしと」
母と共に朝食の準備を終えると、僕は隣の家に向かう。
昔から続く、僕の日課。
玄関を開き、階段を上った。
『こまり』と書かれたプレートが下がる扉をノックし、5秒数えてから扉を開く。
「こまり?」
彼女に1度呼び掛けてから、窓まで進んでカーテンを開くと、射し込んだ朝の日差しが部屋を照らした。
床一面に転がるごみ袋。ベッドの足元にはくしゃくしゃの制服。
「もうこんなに散らかして……」
僕は息を吐き、彼女を包み込む布団をそっと捲った。
穏やかに眠る彼女の顔が露になる。
輝く白い肌。長い睫毛。艶やかな黒髪がサラサラと頬を滑り落ちていく。
「ん、んん……」
こよりは眩しそうに身を捩ると、枕へ顔を埋める。
「ほら。朝だよ。こまり」
僕は彼女の肩を揺する。
「朝だよ。起きて」
根気よく呼び掛け続けると、彼女はゆっくりと体を起こした。
「……おはよ」
ボサボサの髪。目を閉じたまま言う。
「うん」
彼女は半分眠ったまま「ん……」と、アゴをあげ、こちらへ胸をつきだす。
僕は彼女のパジャマのボタンに手をかけた。
きっと、あの新入生代表の挨拶を聞いた人達には、こんな姿の彼女は想像もできないだろう。
そう。
僕の幼なじみはなにもできない。
僕は1つ。2つと、ボタンを外していく。
「ちょっ、ちょっと待って!」
3つ目に手をかけたところで、こまりは突然大声を上げた。
「な、なに普通に脱がそうとしてるのよ!?」
顔を真っ赤にし、胸元を隠して僕に言う。
「どうしたの急に?いつもそうやってきたじゃん」
「中学生まではね!もう高校生なんだから!」
「まだ1ヶ月だけどね」
「約束、でしょ!」と怒鳴られ、僕は少し悩んでから腕を下ろし、制服を渡す。
「シワになっちゃうから、ちゃんとハンガーにかけた方がいいよ」
「わ、分かってるわよ」
「じゃあ僕、先戻ってるけど、二度寝しないようにね。ほら、髪もボサボサ。よだれも拭かなきゃ。鍵もちゃんとかけて出てくるんだよ」
「うう……」と唸る彼女に背を向け、僕は部屋を後にした。