傍観から脱却した彼女は自由に生きる(4)
カルディナム家が所有する別荘はいくつかあるが、エレノアが向かったのはとある侯爵家の領地にある別荘だった。
冬はそこそこ厳しいが、夏は涼しい日が多い地である。避暑地のひとつでもあるから時期がくれば大勢の人がバカンスにやってくるような土地でもあった。
季節は初夏、名物の果物もまだ実らない頃である。シーズンオフなのは明白で、だからこそ強化合宿の地にも選ばれたとも言える。
一方、両親とマリシラはエレノアに当て付けしてるかの如く花が咲き誇る別の別荘地へと旅行に出かけていった。よって、エレノア一行に見送りはなく、貴族が乗るとは思えぬ見窄らしい(だが容量だけはある)馬車に乗って目的地に行くこととなった。御者も両親一行に付いていってしまったのでシグルドが兼任することとなったのは申し訳なく思った。
「まさか払い下げられた乗合馬車で行くことになるなんて」
と、嘆くのは家庭教師だ。
確かに侯爵家がする行いだとは思えないが現実として起こっているのだから受け入れるしかない。エレノアは知った顔しかいないとはいっても乗合馬車に乗るのは初めてだったので気分を害するよりも興味が先にあった。車中での勉強も終わらせ、カイルと共に幌から顔を出し広い御者台に座って景色を楽しめば家庭教師は更に顔色を悪くさせた。
「カルディナムの姫君がすることですか!」
「世界を直に知ることこそカルディナムの者がするべきことではなくて?」
言い返せば家庭教師は酔いもあって何も言えなくなっていった。
目的地に辿り着くまでには三日かかる。よって、適当な休憩地を見つけたらそのまま宿に宿泊することとしていた。
その日辿り着いた町は様々な種族が行き交う賑やかな町だった。大通りも長く、商店もあれば出店も多い。
「わあ、大きな町だね!」
カイルがキラキラと目を輝かせて辺りを見渡す。
エレノアも同じように御者台から通り行く人々を見ていると、その服装が見慣れたものではないことに気がついた。
「鎧を身に着けてる人が多いわね」
「此処は冒険者の町ですから」
「冒険者………!」
シグルドの言葉に思わず瞬きする。
幌の中では家庭教師の絶望的な呟きが聞こえた。
「冒険者って、あれよね。騎士団が派遣出来ないところの魔物を倒したり、集めるのに難しい薬の材料を持ってきてくれる人たちでしょう?」
「そうです。エレノアお嬢様、よく知ってましたね」
感心するシグルドにエレノアは「本で読んだの」と答える。
実際は5度の人生で何度か見かけたに過ぎない。知っていることは多くはない。
「シグルドさん、こんな町で今日の宿を探すのですか?」
「ええ、これ以上進むと野宿になりかねませんから」
顔色を悪くしながら言う家庭教師に対し、シグルドは事もなげに答える。家庭教師は「そんな…………」と悲観するように肩を落として両手で顔を覆っていた。
「先生はなんであんなに悲しそうなのかしら」
「う〜ん、恐らく先生は『冒険者』がお嫌いなんじゃないですかね」
「困った人を助けてくれるのに?」
「あんな連中、野蛮なだけです!」
カイルの言葉に幌の中から悲鳴が聞こえる。同時にカイルは「ひえっ」と小さく声を上げて身を縮こませていた。
「先生、落ち着いて」
「大人だけなら野宿でもいいですけど、幼子がふたりもいるんですから、先生、此処は我慢のしどころですよ〜」
宥めるナシルとシグルドの言葉も効果はなく、家庭教師はさめざめと泣くばかりであった。
そんな状況であるから宿を決めるのも難儀した。
一行は敢えて上等な衣類は身に着けず目的地に向かっていた。荷物もそんなに多くはない。見ようによっては商団の一行にも見えるようにしている。侯爵家の人間がいると知っているのは一行のみ、他は少し変わった集団がいる程度の認識だ。なので、宿に泊まるのに何ら不都合はない。
冒険者の町であるから宿の数もそれなりにあり、宿泊客も冒険者が多いのも自然なことだが、家庭教師は客の質が悪いと言って宿に泊まることを拒否し始めたのである。
「侯爵家が冒険者も泊まる宿に滞在するなんて…………!
この町には王立騎士団の駐屯所がありますよね。そこに行きましょう! その方が遥かに清潔だし安全です!」
「先生、無茶を言わないでください。避難するなら兎も角、今回は旅行に行くようなものじゃないですか。
そんな私用で騎士の駐屯所に泊まれるわけないでしょう?」
呆れるように言ったのはシグルドである。エレノアもナシルも家庭教師とシグルドのやり取りを生暖かい目で見ていたのは内緒だ。
結局、シグルドの方が折れて昔のよしみということでその家庭教師だけを騎士団の駐屯所に送り、エレノアたちは町でも評判の宿に泊まることとなった。
その宿は冒険者ギルドにも近い大きな宿で、一階が酒場兼食堂になっている一般的な宿だった。
「先生、もったいないことをしたわね。こんなに美味しいお食事なのに」
肉の煮込み料理を食べながらエレノアが言うと口の端にソースを付けたカイルが大きく何度も頷く。
「うん、うん! こんなにホロホロに崩れるのにちゃんとお肉の味もする美味しいお料理なのにね」
「カイル、お口の端が汚れてるわ」
「んゆ?」
「拭いてあげる」
言ってエレノアはハンカチでカイルの口の端を拭うと汚れは綺麗に取れてついでにほっぺまで艶々になっていた。
「ありがとう、お嬢様」
「どういたしまして」
食事は和やかに進み、食べ放題のパンもたっぷり堪能してデザートのプリンまでしっかり食べることが出来た。行商団を装っているので変な沈黙もなく会話をしながら食事が出来たのもエレノアとしては嬉しい部分だった。
ナシルと共に宿泊する部屋に戻り寝間着に着替えて今日あった出来事を日記に記す。それから歯を磨いて屋敷から持ってきた本を読み、暫くして眠気が近付いてきたのでナシルに「おやすみなさい」と言って眠りについた。
目が覚めてしまったのは慣れぬベットで眠ったからだろうか。
起き上がってサイドテーブルに置いた懐中時計を確認するとちょうど日をまたぐ頃合いだった。
起床するにはあまりに早い時間である。
なので、もう一度眠ろうと横になるが一度目の眠りである程度の疲れは取れてしまったのかなかなか眠気はやってきてくれない。
仕方なくナシルを起こさない程度に窓辺に移動して月明かりを頼りに読書を再開する。
月明かりは思っていたより随分明るい。ベットに光が入り込み目が覚めてしまったのだろうかと訝しみながら窓の外を見る、と。
屋根の上でのんびりと寛いでいる人の姿があって目が点になってしまった。
「……………見間違いかしら」
目を擦ってもう一度窓の外を見る、と、やはり屋根の上で寛いでる女性の姿があった。
赤い天鵞絨のスリットが大胆に入ったドレスを纏った妙齢の女性である。
ボリュウームのある青い髪は腰の辺りまであり、ナシルと同じ褐色の肌はミルクチョコレートを思わせる。背の高い赤い帽子のせいで顔はよく見えないが、化粧にも青を用いているようだった。
彼女の隣には箒がのんびりと立っている。屋根を行ったり来たりして暇を弄んでいるようにも見えるので、エレノアは窓を開けて試しに小さく「おいで」と言ってみると箒はぴょこんと飛び上がってからエレノアのいる所まで飛んできた。
「こんばんは、箒さん」
挨拶をすると箒も律儀にお辞儀をしてくれた。
「あの人はあなたの御主人様?」
問い掛けると箒は肯定するように飛び跳ねる。
女性の方を見てみれば、彼女もこちらに気付いて建物をいくつか飛び越えて窓辺に腰掛けた。
「こんばんは、可愛いお嬢さん。こんな時間に読書かい?」
「こんばんは。さっきまで眠っていたのですけど、目が覚めてしまったんです」
「そうかい。なら、少しお話でもするかい?」
不用心かもしれないけれど、と、女性は言う。
確かに見知らぬ人であるし屋根の上で寛いでいたという不審さはあるが、嫌な雰囲気の人ではない。悪いことが起きたらその時はその時だ。
「あなたが良ければ、お話してくださる? スミシー夫人」
手を差し出しながら言うと女性は「おやおや」と言って楽しげに笑う。それからエレノアの手を取りながら「スミシー夫人だなんてよく知ってるね」と言ってきたので「お作法の先生に教わったんです」と答えた。
「なるほど、君は随分良い生まれのようだ。
ボクみたいな『魔女』とは大違いだ」
「魔女? 冒険者ではないの?」
「冒険者もやってたことはあるけどねえ。今はほとんど引退したも同然だよ。
ボクは今も昔も『魔女』だ。薬と魔法と占いで生きている」
「なんだか難しい話な気がしてきたわ…………」
「そんな小難しい話ではないよ。生き方の何処に重きを置いてるかというだけの話さ。
ボクは魔女以外にはなれない。君には沢山の可能性がある。それだけのこと」
「私には可能性があるの?」
5度も同じ人生を歩み、塵芥となって消える定めでも、別の可能性は残ってるのだろうか。
そんな思いを口にしそうになるのをグッと堪え問い掛けると、女性は「勿論」と力強く頷いた。
「可能性は何時だってあるよ。そこに至れるかどうかは別の話だがね」
「じゃあ、今までは至れなかったということかしら………」
「なにかあったのかい?」
「いえ、こちらの話。
そうだ。自己紹介をしてもよろしくて?
私、エレノア・カルディナムといいます」
「カルディナム! じゃあ君はハルク・カルディナムのお孫さんかな?」
「お祖父様をご存知なの?」
「ご存知もご存知! ハルクのやんちゃ坊主には随分手を焼いたものさ!」
そうして女性が語ったのは祖父の幼少期の武勇伝の数々だった。祖父は魔法王国でも名うての風の魔法の使い手だったが、子どもの頃は魔法でいたずらばかりする困った子どもだったという。悪さをしてばかりだったので祖父の両親────エレノアにとっての曽祖父母は様々な意味での再教育の為に女性に弟子入させたのだという。
「カルディナムの記録にも残ってる筈だよ。
ハルク・カルディナム、12歳、夏。メルヴェーユ・ビダンの元に弟子入り、とね」
「メルヴェーユ・ビダン?! あなた、メルヴェーユ・ビダンなの!?」
思いがけない名前が出てきたのでエレノアはナシルのことも忘れて大きな声が出てしまい、あわてて口をつぐんだ。
メルヴェーユ・ビダンといえば魔法王国でも有名な魔法の使い手である。5度の人生でも名前や逸話だけは何度も耳にした人物がのんびりと夜の町を散策してたとは思えなくて事実を受け止めかねていると、メルヴェーユはにっかりと笑って「なんだい、疑うのかい?」と言ってからエレノアにそっと耳打ちした。
「君、『死に戻り』を経験してるだろう」
鳩尾の辺りが締め付けられる音がした。




