第十六話「想いを繋ぐ告白」6
最後のシーンへと向けて、知枝は再びスポットライトが灯る舞台に上がった。
長時間の演技にも屈することなくなんとか最後までこの舞台をやり切ろう震える身体を抑え演技に入る。
知枝は両手を伸ばし、演奏を続ける浩二の両肩に手を置いた、それがリハーサルの時にも確認した合図だった。
(……浩二君、どうしてなの? そこまで頑張らなくてもいいのに。
私は晶子だよ、晶子の気持ちになって嬉しい表情を作ってるだけなんだよ?)
もしも、彼が自分のことを本気で想っていてくれているなら、この演奏にも説明が付く。
迷いが抜けずそんなことまで心に浮かぶ中、緊張しながら浩二の演奏を続ける手が止まるのを待つ知枝。
そして、指を放し振り向いた浩二と視線が合わさり、映画で見た映像を再び自分たちで描き出すような感覚で最後のシーンが始まった。
隆之介
「僕は晶ちゃんの気持ちを尊重したい。
――そう思ったけど、たくさん悩んで考えたけど、それは出来ないよ」
晶子
「何を言ってるの……隆ちゃん……」
浩二が告げた言葉は、脚本とは全く逆の意味を伝える言葉だった。動揺を何とか隠そうと思わず知枝は反射的に声を出して、その場で思ったことを口にしていた。
(……どうしちゃったの、浩二君。何が起きてるの……?)
本来であれば晶子の気持ちを尊重し、プレゼントとして持参していたブレスレットを晶子に優しく付けてあげて、一時の別れを受け入れるシーン。
台本とはまるで違う台詞に知枝は動揺しながら、スピーカーから流せない、収録していないその場で思い付いた言葉をアドリブとして晶子の気持ちになって、腹話術のように出来るだけ口を閉じながら伝えるのが精一杯だった。
「ずっと考えてたことがあるんだ」
(何……怖い顔して……浩二君は何を言おうとしてるの?)
四方晶子という声を出せない役柄を演じる知枝は、浩二を止める言葉を言うことが出来ない。
予期せぬ展開に感情を維持できず、徐々に演技をしているはずの仮面が剥がれていくのを知枝は感じた。
知枝は目線を舞台裏に向けても状況は分からず、このまま演技を続けなければならない事態だった。
そして、浩二の言葉はすでに演技ではなく、本心から出る言葉だった。
見つめ合ったまま静止する二人。
これがサプライズなのか否か、リアルタイムで起きる予期せぬ会話のやり取りにゾクゾクさせられながら、声も出せず静かに興奮の中にある観客、何が起こっているのかも全く分からない舞台裏のクラスメイト。
唯花や羽月、千歳だけがこの先起こる展開を予測できる中、時は止まることなく流れる。
訳の分からないまま立ち尽くす知枝へ向けて、浩二は溜め込んできた想いを、一つ一つパズルを配列していくように考え抜き、知枝へと勇気を振り絞って送り届けていく。
「ずっと頭から離れてくれないんだ。
知枝の演奏する姿、グランドピアノの前に座って白いドレスを着て笑顔を浮かべてさ……凄く可憐に咲く花のようで綺麗だった、感動した。こんな気持ち抑えられなくて、すぐに伝えたくて……。
ゴールデンウイークの時も綺麗だったけど、今日は一段と近くで見たら余計に綺麗でさ、一生懸命な姿をいつも見てきて、それがたまらないくらい愛おしく思えてきて。
もっと知枝のそばにいたいって思えてならないんだ。
気持ちを伝えたいって感情が抑えられないんだ。
だからさ、ずっとそばにいて欲しい、俺は稗田知枝が大好きだ」
唐突に浩二の口から繰り出された告白の言葉が舞台上に響き渡る。この場にいる誰の耳にも届いたその言葉は疑いようがなく、浩二から知枝への愛の告白だった。
信じられない言葉を舞台上で浴びせられた知枝は、言葉の意味を理解し、逃げ場のないこの状況の中で身体を震わせながら、次の瞬間には羞恥心が感情となって身体を熱くさせた。
このイレギュラーな事態を止めてくれる人がいない、そう気付いた知枝はもう一度浩二のことを見つめ、禁じられた声を、”稗田知枝”として口を開き感情のまま浩二に訴えかけるしかないところまで迫られてしまった。
「突然、なんでそんなこと言うの?! 浩二君……おかしいよ。
私は知枝じゃなくて、晶子だよ。告白するなら、晶子にしなくちゃおかしいのに、何で私に告白しちゃうの……?
訳が分からないよ……。今、浩二君は佐藤隆之介なんだよ?!」
理性的であろうとする最後の抵抗が言葉となって知枝から吐き出されるが、それを素直に受け取る浩二ではもうなかった。
「間違ってないよ、俺が告白したいのは最初から知枝だから。
俺が好きなのは、知枝自身だからさっっっ!!!!!」
この舞台演劇の脚本を、さらには観客をも無視した感情と感情のぶつかり合いが二人の間で巻き起こる。
知枝は沈黙することも、台本に戻ることも出来ず、浩二の告白に衝撃を受けながら自分の言葉を続けていく。
「そんなこと言われても困ります、私は普通の人間なんかじゃないですし。
私なんて全然、期待されるような魅力的な女性なんかじゃないです!!
浩二君にはもっとふさわしい人がって……そうじゃなくてっっっ!!!
今は劇中です!! 何を言ってるんですか?!
ふざけてる場合じゃないの!!
こんなことされたって、返事も何もできるわけないじゃないですか?!」
恥ずかしさと憤りのあまり涙目になり、熱に浮かされたまま感情を爆発させる知枝。
幾重にも重なった感情と感情が入り乱れ、完全にコントロールを見失った知枝の言動も、観客から見れば十分に狂ってしまっていた。
本来、冷静で使命を持って生きる知枝の知的な面影はなくなった。
可愛いだけのマスコットでもなく、真っ赤に茹で上がった恋する乙女のように落ち着きなく鼓動が早くなっていき、知枝はどうしていいか分からなくなってしまっているのだった。
収拾がつく気配の見えない舞台上、それをただ目をそらすこともできずに眺めていた羽月と唯花。唯花はこの瞬間が訪れることを知りながらも、覚悟が出来るはずもなく、気が狂いそうな心情に陥った。
(―――もしも、この舞台を見た後に達也から告白を受けたなら……
たらればかもしれないけど、私の返事は変わっていたのかもしれない)
唯花はあまりにも現実感のない舞台上で繰り広げられる事故としか思えない状況を前に、そんなことまで考えて、息をするのも苦しいほどに涙を堪えていた。
「ねぇ、羽月さん。羽月さんの時も浩二はあんな顔をしてたの?」
感情が無くなり、抜け殻のような声だった。でも、この劇中であってもその声ははっきりと隣で二人の様子を見守る羽月にだけは聞こえた。
「そうね……ああいう真剣なようで間抜け面をして、恥ずかしいことを遠慮なく言ってきたわ」
「そっか……私の知らない浩二もいるのね……」
ぼそっと呟く唯花の表情は曇り、生気を感じなかった。
無神経なことをして真っ直ぐな浩二が、本当に自分が好きな浩二なのかまるで今の唯花には分からなかった。
「ごめんなさい、羽月さん、後をお願い……一人になりたいの」
「唯花さん、でもまだ劇中よ」
「もう、限界だから。それに今の調子で舞台に出ても上手に笑えないから。
ドラマにも出てるアイドルの言うことじゃないかもしれないけど、ごめんなさい。落ち着いたら絶対帰って来るから」
それだけを言い残して、羽月の返事を待つことなく、唯花はこの場を離れていった。
「はぁ……今からでも冗談で済ませて欲しいけど、そんなことあの浩二が納得するわけもないわよね……」
こうなってしまった以上、呆れるしかない羽月は、カーテンコールが訪れない予感もしながら、最後の手段となれば、全員で飛び込み無理やり終わらせる覚悟だった。
羽月が憂鬱な感情に支配されていく中、なおも舞台上では信じられない光景が繰り広げられていた。
「俺は知枝の事、一番可愛いって思ってるよ。
真奈のことを大切にしてくれてるのも嬉しかったし、助けてくれたことも感謝してる。
こうして一緒に舞台に立てて、毎日のように稽古して一緒にいられて、この気持ちは間違いなんかじゃないって思えた。
だから、一番輝いてるこの場で、この気持ちを伝えたいって思ったんだ」
浩二が全力で全ての気持ちを吐き出した直後、知枝は張り詰めた緊張の糸が切れたように脱力し、そのまま立っていることも出来ず、力が抜けてその場に座り込んだ。
その光景を見ていた羽月がさすがに限界を感じ、近くにいた光と達也を引き連れ、舞台上でフラフラになってしまった知枝の身体を支えながら、後始末に乗り出した。




