第十六話「想いを繋ぐ告白」5
そこでビデオレターが終わると共に、左側の照明が消され、浩二は鍵盤に手を伸ばす。
もう、次の二人の会話がラストシーンだった。
知枝が最後の着替えを済ませ、登場するまでの数分間、ここは隆之介によるピアノの独奏だった。浩二はこの演奏シーンを音響とこっそり打ち合わせをして、サプライズとして録音を流さずに自分で演奏することにかねてから決めていた。
先程知枝が披露した演奏を、今度はアンサーとして自分も演奏する。それが浩二によるこだわりの演出だった。
一瞬の閃きで思い付いてしまったが最後、稽古の合間に人知れずピアノの練習もしていた浩二。
それは知枝を驚かせ喜ばせるため、そしてロマンチックな形で告白へとシーンを繋いでいくための入念な準備作業だった。
(知枝、早く来てくれ……早く来てくれねぇと練習の成果が甘いのが露呈する……)
ゆっくりなテンポで弾いていても、慣れない指の動きが安定せずミスをしそうになる浩二。
指先に意識を集中させ知枝を待つ浩二の額からは汗が滲んでいた。
それでも、観客へは自信ありげな表情を崩さず、なんとか知枝が着替え終わって登場するのを浩二は待った。
「あれ、録音してた演奏と全然違う……。これ……ひょっとして浩二君が演奏してるの? どうして……リズム外れちゃってるのに、どうしてそんなに一生懸命に弾こうとするの? 分からない、でも、意味があるんだよね」
着替えを千歳に手伝ってもらいながら、疑問に思ったことを呟く知枝。最後の着替えをしながら聞こえてくるピアノの演奏、お世辞にも上手いとは言えない演奏を浩二は舞台上で一人続けていた。
「こんなの、聞いてなかったよね……どういうつもりなんだろう、浩二君。
でも、早く行かないと、本当に舞台が滅茶苦茶になっちゃいそう」
練習不足なことが音楽にちょっと詳しいだけで分かってしまうその演奏を早く止めてあげなければならないと、衣装担当で着替えを手伝っていた千歳は思った。
「うん……分かった、急いでいってくるね、千歳さん。
きっと、私が来るのを待ってるんだよ、浩二君は。
ちょっとでも、観客を盛り上げようとしながら。
浩二君は、そういう人だから」
控え室が二人きりということもあり、知枝は千歳と呼ぶことを躊躇わなかった。
そして、千歳の手が離れ、着替えが終わると同時、知枝は気持ちを入れ替えて最後の舞台へと向かって駆け出していった。
「……そっか、両想いなんだ。
分かるよ、二人ともとっくに”恋しちゃってるんだね”」
舞台に集中し、瞳を輝かせながら去っていく知枝を見送った千歳は、一人きりなった誰もいない控え室で気づいてしまい、悟ったように呟いた。
浩二の事ばかり考えて、目を向けて、無自覚にときめいてしまっている知枝の様子を見ているだけで……ラブソングを贈るように演奏を続ける浩二のピアノを聴いているだけで……。十分すぎるくらい、二人の想いが千歳には伝わってきたのだった。
「もう誰にも止められないよ、ここまで二人の世界にしちゃったら。
でもね、そんな両想いなのにすれ違ってしまいそうな二人の事、千歳は応援するよ。それはとっても罪なことかもしれないけど」
この舞台が成功するか否か、それは二人のここからの演技にかかっている。そしてそれは二人の恋の行方にも左右するかもしれないと思うと千歳の心情は複雑だった。
だが、そこにある切なさやズルさも含めて、モニターに映し出された舞台上の模様を見ながら、千歳は思いやりを持って二人の事を控え室の中で応援した。
最後までどこへ向かうか分からない二人を思い、気が気でない千歳は知枝が立ち去った鏡の前から身動きが取れないほどだった。




