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第二話「進んでいく道と迷いと」4

 また最近髪が伸びてきたかもしれないと思いつつ、半袖のパジャマ姿に赤いカーディガンを羽織り部屋を出た。すっかり電気が消えて、長い夜の訪れを迎える中、慎重に台所に入る。

 出来るだけ静かに足音も控えめに台所の照明を付けて冷蔵庫の扉を開ける。


「お姉ちゃん? こんな時間にどうしたの?」


 冷蔵庫の冷気が顔面を襲い、目の覚めるような心地を味わっていると、背後から三つ子の姉弟である(ひかり)の声がして私は反射的に振り返った。


「あら? 光? ごめんごめんごめん、起こしちゃったかな? かな?」

 

 当然同い年だが扱い的にお姉ちゃん呼びされている私は眠気眼(ねむけまなこ)に目を擦るTシャツ姿の光の姿を確認し、申し訳なくも苦笑しながら気さくに返事をした。


「お姉ちゃんは夜も元気だね……」

「そういう誤解を招く言い方は良くないかな? お姉ちゃんはいつも元気なのよっ!」


 自信を示すようにビシっと私が言うと、光は妙な私の空元気に呆れてしまったのか、あまり感心しない様子だった。


「それで、どうしたの?」


 興味よりも心配が先行する光の物言いに私はちょっと切ない気持ちになりつつちゃんと返事をすることにした。


「プリミエールからの報告書読んだり考え事してたら、飲み物が欲しくなって」

「そっか、甘いデザートを探してたわけじゃないんだ」

「あー、そっちの方が嬉しいかもだけど、今はいいかな……」


 私の頭の中に魅力的なスイーツが流れていった。脳が疲れた時は甘い物って……あんまり食べるとお腹が気になっちゃうから……。


 しかし、光との会話も随分自然なものになったものだと私は思った。


 私がこの水原家の居候として共同生活をするようになってはや二か月あまり、すっかり慣れて日常会話レベルでは緊張することもなくなった。


 同じく三つ子の姉弟の(まい)ともそこそこ親しく会話できるようにもなり、順調な日々を送れており、一年間を共にすることに対する心配事はほとんどなくなった。


 春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)、これからも水原家での暮らしは続いていく、日本の梅雨や蒸し暑い夏というのも、私にとっては昔懐かしいものだった。


 三つ子の姉弟なんて世の中的には珍しい関係の私たちだけど、慣れてしまえばなんてことないことに気付かされる。


 そもそも一人一人個性があって、別々の人間なのだ。

 似ているところを探して、それで安心しようとする方が何だか細かい人間の浅はかな営みなのかもしれない。


「それじゃあ、お姉ちゃんの好きなホットココアでも作ろうか?」


 屈託(くったく)な笑顔を振りまいて光は言う、すっかり懐いてしまった愛犬のようだ。


「うーん、もうこの時期はホットはいいかな……」


 私は冷蔵庫の発する冷気に心地よさを感じてしまうくらい、少しハイなテンションによって身体の熱さを感じているため、光の提案を遠慮した。


「それじゃあ、アイスココアの方が良さそうだね」

「うん、そうするよ~!」


 語尾を伸ばし、私が子どもっぽく返事をすると、光はこちら寄ってきて、冷蔵庫からアイスココアの入った一リットルの紙パックを取り出し、それを私お気に入りの花柄のガラスコップに注いで私に手渡した。


「ありがとう」

「うん、あんまり夜更かしちゃダメだよ」


 両手にコップを握りながら、自然として優しい光の姿を目の前に感じる。

 相変わらず小顔な上に体格も小柄だけど、出会いを果たした時よりも大人っぽく、頼り甲斐のある雰囲気を感じた。


「最近はもう、光も照れてくれなくなったね」


 甘いアイスココアを一口嗜んで、私は光に言った。


「うん、もう慣れたかな、お姉ちゃんのちょっかいにも」

「そっか、ちょっとお姉ちゃん的には寂しいかな、光がそういう風になるのは」

「いいじゃない、それだけ距離が近くなったってことなんだから」

「うん、何だか、分かっちゃった。神楽(かぐら)さんが光をずっと好きな理由」

「なにそれ?」

「ふふふっ、秘密。光って意外と頼り甲斐のある男の子なんだなぁって」


 私は成長した光に負けじとお姉ちゃんぶって見せる。

 神楽さんというのは光の彼女だ。本名は夕陽千歳(ゆうひちとせ)さんで、神楽さんという名前は学園生活を送るための偽名なんだけど。


「変なお姉ちゃん……明日も試験なんだから、あんまり夜更かししたらダメだよ?」

「うん、そういう光も、試験勉強のしすぎで明日苦労しないようにね」


 言葉を告げた私は台所を出ようとしたが、思い付いたことがあり、足を止めてもう一度光の顔色を窺った。


「どうしたの? お姉ちゃん?」


 不思議そうに光は私のことを見た、次に伝えようとした言葉が私にとってはとても大切で重大なことだったから、つい柄にもなく真剣な表情をしていたようだ。


「あのね、お誘いというか、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「どうしたの?」


 心配そうに私を見る光。

 立場的に危険なことにも首を突っ込むのを知っているから、光が心配するのも仕方ない。仲が良くなるということは、そういう一面も知られるということだ。

 短い髪をしていて、普段からあまりアクセサリーも付けず飾りっけもないが、相変わらず綺麗な瞳をしている。


「中間試験と修学旅行が終わったら、都内に出掛けようと思うから、付いてきて欲しいの。一人で行くにはちょっと緊張しちゃって、いいかな?」

「うん、いいけど、いいの?」

「うん、光に一緒に来て欲しいの。

 光には知っておいてもらった方がいいかなって思って」


 私は出来るだけ言葉を選んで光に伝えた。

 ちょっとずつ、光には私の抱えていることを話していこうと思った。

 それは、光を余計なことに巻き込みたいわけじゃなくて、光にとっても大切なことになるかもしれないから。


 だから、私は光に赤津探偵事務所へ行くのを、赤津羽佐奈(あかつはさな)さんに会いに行くのに、光に付いてきてもらうことにした。


 事情を話すのはまた出向く前にすることにして、私はそのことを伝え、光に「おやすみ」と告げ、二階に上がり、アイスココアの注がれたガラスコップ片手にベランダへと出た。


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