第十五話「震災のピアニスト再演」5
隆之介
「佐藤隆之介だよ、会いに来たんだ、ここにいるって聞いて」
僕が来ることを知らなかった晶ちゃんはピクリと反応して、僕を見て呆然と眺めたままですぐさま反応できないようだった。
僕はベッドの方まで駆け寄って、膝を落として薄ピンク色の病衣を着た晶ちゃんの高さに合わせて話しかけた。
晶ちゃんは心の内で動揺が広がっているのか信じられないという表情をしながら口をパクパクとさせ、落ち着きない様子だった。
式見
「“会うときは気を付けてね、後遺症で声を出せなくなっているから”」
式見先生と電話したときにそう事情を聞いていたから、胸が苦しくなると同時に信じたくない気持ちでいっぱいになったが、こうして話しかけてみて、それが本当のことであると痛感した。
隆之介
「ごめん、無理しなくていいよ、まずは落ち着いてっ」
僕は晶ちゃんをびっくりさせてしまったと思い、無理させないようにと急いで伝えた。
それを聞いた晶ちゃんは大げさに頷きながら、次には僕の胸に飛び込んできて、大泣きを始めてしまった。
声にならない涙声を発しながら晶ちゃんは泣き続ける。
痛かったのだろう、苦しかったのだろう、寂しかったのだろう……。
連絡もロクに取れなかったから忘れられてしまっていると心配に思っていたのもあるかもしれない、僕は罪悪感を憶えた。
そして、少しでも晶ちゃんの気持ちが救われるようにとギュッと晶ちゃんの身体を抱きしめ返した。
力いっぱい身を寄せてくる晶ちゃんの温かくて柔らかい身体の感触を胸いっぱいに僕は確かめた。
晶ちゃんが泣き止んで、身体を放すまでは長かったが、ギュッと抱きしめていられる時間は、四年間の空白を少しでも埋めていくようで、今まで生きてきた中で一番幸せな時間だった。
晶ちゃんの気持ちが少し落ち着いたところで僕は改めて話しをした。
タブレット端末を取り出した晶ちゃんは慣れた手つきで文字を入力して、顔色を窺いながら、音声の読み上げソフトで入力した文字を流す。
その健気な様子にこれからちゃんと大切にしなければという気持ちが溢れてきて、僕は出来る限りの優しさで、時間の限り晶ちゃんと接することにした。
晶子
「“突然来るから、驚いたよ”」
隆之介
「そうだね、ごめん」
晶子
「“ううん、とっても嬉しい。でも別人みたいでビックリした!”」
隆之介
「そうかな? 晶ちゃんも変わったと思うけど」
晶子
「“本当? こっちは隆ちゃん、すっごく大きくなっててビックリしたよ! 4年前は5cmも変わらなかったのに、すっかり大人になってる!」
変わらない部分、成長して変わった部分、そのどちらもいざ再会すると感慨深く、愛おしく映った。
隆之介
「そうかな? 身長だけ伸びてまだまだガキみたいなところあるけど、晶ちゃんは大人っぽくなったね」
晶子
「“本当に? 大人っぽくなってるかな? 4年前とどこが変わった?」
隆之介
「う~ん、いろいろ?」
晶子
「“何か怪しい”」
隆之介
「それよりさ、聞いてほしいことがあるんだ、今度のピアノコンクールに出ようと思うんだ。それで今、早めに日本に帰国してるところなんだ」
晶子
「“今度のって、18歳までの学生が沢山参加するコンクールかな?”」
隆之介
「うん、これからエントリーするところだから、よかったら、晶ちゃんも一緒にエントリーしないか? 一緒にまたピアノコンクールに出ようって約束してただろ?」
僕はピアノコンクールへ一緒に出ることで、晶ちゃんを元気づけられたらと思っていた。
今まではすぐに文字を入力していた晶ちゃんの手が止まった。
時折、気恥ずかしそうに髪をいじる仕草をする手も一緒に止まっていた。
晶子
「“ごめんなさい、私は無理”」
表情を曇らせながら晶ちゃんはそれだけを入力し、再生した。
その心の内は曇っていて分からなかった。
空気が悪くなった後、僕は晶ちゃんに退院したらピアノを聞いてもらうことを承諾してもらうことしか出来なかった。
*
再会シーンが終わり、浩二が舞台裏に下がると式見先生役の永弥音唯花、そして担当医師役の内藤達也が既に衣装を身に着けスタンバイを終えていた。
「唯花? 平気か? また具合悪くなったりしてないよな?」
修学旅行のレクリエーションとはいえ緊張で容体が余計に悪くなることもある、浩二はそれを心配して唯花に聞いた。
「うん、浩二、大丈夫よ、薬も飲んだから……心配ない」
大人っぽい外見と落ち着いた性格をしていることもあり、式見先生役を担当する唯花は何でもないフリをして浩二に言った。
浩二と知枝が仲良くしているところを見聞きするだけで、一緒に舞台に立つ姿を見るだけで胸が苦しくなること、自分でも嫌になるくらい嫉妬心が湧き上がって目を逸らしたくなること、浩二にはとても言えることではなかった。
「三人で舞台に立つのなんていつぶりだろうな……。何にせよ気負わずにいこう」
白衣姿が似合う達也が出来るだけ普段の調子を崩さずに言った。
今だけはチームワークを崩さないため、”いつもの三人”でいようと、それがこの舞台を乗り切るためにすべき最善の意識の取り方だと、達也の言葉で二人も頷き納得した。
心配する知枝や羽月も見守る中、病室の外で繰り広げられた三年生となった三人の芝居はものの見事な完成度で終わり、ほっと一安心するのだった。
合同演劇発表会の時に演じた舞台をなぞるように、次々とシーンをこなしていく。
退院祝いに隆之介が晶子に自分の演奏を披露する場面や晶子が続いて演奏するシーン。
ピアノコンクール出場を決意する場面から、練習する場面まで、徐々に蓄積していく疲労を、なんとか集中力で乗り切りながら、時間は流れていく。
今回は前回ほどタイトな時間制限はないものの、シーンの切り替えであまり観客を待たせないように、出来るだけ前回同様の動きをそれぞれ心掛けた。




