第十五話「震災のピアニスト再演」1
「昨日の晩はいかがお過ごしでしたか? 稗田さん」
旅館の主人から話しを聞き終え、西館から東館へと戻ろうとする私を背後から誰かが呼び止めた。
私が反射的に振り返るとそこには金髪の同い年くらいの女性が立っていた。身長は150cm程度と小柄な方で目の色も特徴があり、さらに白い肌をしているので、見た目から判断して欧米人の血が入っていることは間違いなさそうだ。
「あなたは……?」
見覚えのない相手でおそらく初対面の人であると思い私は慎重に聞いた。
「シャロン・ヴェローナと申します。姉がお世話になっております、本当に姉の言っていた通り、身長が私よりも低くて黒い服を好んでいるのですね」
口調は丁寧だが特にお辞儀などはする様子はなく、表情もあまり変えずに彼女は答えた。
流暢な日本語を話すと思ったが、顔を隠すように黒いマスクを着けていて、自動翻訳した音声をマスクに内蔵されたスピーカーを通すことで、声を変えて流しているようだった。
日本で暮らす外国人であればそれ自体は珍しいことでもないが、マスク越しに口が動いているのは分かったので、私は彼女と確かに会話していて、モニターの向こうの誰かと話しているという恐ろしい可能性はなさそうだった。
「姉……そうですか、アンリエッタさんの妹さんですか、どおりで私をご存じで。
私の特徴を身長の低い女子と覚えていることは残念ですが」
彼女の言葉でアンリエッタさんを思い浮かべた私はあっさりと答えた。
アンリエッタさんは綺麗な容姿をしながら高貴な振る舞いを好み、高飛車な態度をしていたのを私は改めて思い出した。
「そうです、察しが早くて助かります。さすがですね、稗田さん」
初対面であるのにやけに余裕のある態度であること以外は目立って怪しい様子もなさそうだが、思えばアンリエッタさんも最初から馴れ馴れしかったことを思い出し、変に私は納得した。
それにしても……アンリエッタさんの妹、突然の出会いとはいえ、妹さんがいたとは興味深いことだった。
「それで、何か気になることでも?」
私はシャロンの返答に不審な点がないか見極めようと意識を集中しながら聞いた。
「いえいえ、疑っているわけではありません。
ただ、昨晩の深夜に西館を歩いているところをお見掛けしましたので、その時何をしていられたのかと思いまして」
彼女の肉声ではないが、自然に聞こえるのは技術的に不思議な事でもないので、私が気掛かりなのはそういう事ではなく、”疑われている”ことに対してだった。
何か嘘でもいいから、彼女が納得してこの場から解放してくれる説明を考えていると、すぐさまシャロンは言葉を続けた。
「そんなに警戒しないでください。
他言無用、他の人に話すつもりはありませんよ。
あなたが稗田家の人間であることは知っています。
ですので、ついでに霊媒師としてお手伝いをここでしていたとしても、不思議には思いませんよ」
こちらが口を挟む間もなく次々に言葉を続けたシャロン、話しを聞く限りどこまで事情を知っているのか分からず、警戒するなと言う方が難しいほどであった。
旅館の主人との会話を全部聞いていたとすれば、あまり褒められたことではないことは明らかだ。
私としては厄介に感じて来たので早々に話を切り上げ、東館に戻りみんなと合流したかったが、彼女が何者か気になり始めてしまった。
そこで、もう少し事情を聞くと、シャロンは西館に泊っているということらしい。それなら偶然に昨晩私の姿を目撃することがあってもそこまで不思議ではないのかもしれない。
「わたくしは姉とは一歳違いで夜間の高校に通っていまして、凛翔学園の生徒ではないのですが、姉の修学旅行が羨ましいのもあり、一緒の旅館に泊まることにしたのです。
稗田さんのことも姉から聞いていますし、かねてから舞台の動画も見させていただき、今日は生でリバイバル公演を見られると楽しみにしておりました」
笑顔は浮かべないものの、迷いなく話すシャロンの姿を見ると、私の生の演技を見るのが楽しみだというのは半信半疑になりたくなるが、信じてみてもよさそうだった。
「この前のハプニングのようなことなら今回は起きないと思いますけど、私たち演劇クラスの舞台を楽しみにしていてくれるのなら、とても嬉しいです」
初対面の相手に言われてもなかなか反応しづらかったが、私は出来る限り愛想よく笑顔で答えた。
「転校してきて初めて舞台で演技するというのに、立派でしたよ。わたくしでしたらあそこまで情熱を注ぐことは出来ないでしょう」
「そうかな……褒められることは慣れないですけど。
シャロンさんだって、一人で西館に泊りに来るなんて、随分と行動力がおありだなぁと思いましたよ」
「そうですか……? 確かに学業より自分のしたいことを優先する変な子だと言われてますが。
それと、ついでに申し上げるとわたくしは”孤児”なんです、だから妹というのも半分嘘なんですよ、姉とは血が繋がってなどいませんから」
よく喋る子だと思ったが、表情には億尾も見せないが実は上機嫌なのかもしれない、私と会うのがそんなに楽しみだったのか……? ちょっとミステリアスなところがあって不思議っ子なイメージが勝手に付いてしまった。
「……そうなの、まだ高校生だもん、やりたいこと優先でいいと思うよ」
自然とシャロンのペースになっていて、私の返事も心許ないものになってしまっていた。
「孤児を引き取ることは高貴な家系で暮らす者の社会貢献活動です。
お金持ちの家に引き取られ、家の手伝いをしながら育てられるのも、悪いことではありませんよ」
アンリエッタの家が裕福な家庭であることは知っていたが、こんなに複雑な家庭環境であることまでは知らず、私は驚かされるところだった。
「ごめんね、そろそろ私……みんなのところに戻らないと、西館に来て結構時間経っちゃったから、心配で捜してるかもしれないから」
捜す前に連絡くらいは入れるだろうから、いち早くここから離れる言い訳に過ぎなかったが、私はシャロンさんに言った。
「そうですね、すみません、これからリハーサルもあるんですよね。
長話をしてすみませんでした」
丁寧に謝りながらも、私の事情に迫って来る辺り、何か自分から”あなたのことはよく知っている”と言わんばかりだった。
こういう人がファンだったら厄介だろうなと余計なことを思いながら私はシャロンに断って、正面に立つシャロンを通り過ぎようと歩いた。
「まだ、誰も覚醒されていらっしゃらないのですか?」
通り過ぎようとした背後で、先ほどまでより音量は小さかったが微かにそう聞こえた。頭に響いてくる感じの聞こえ方をしたのでテレパシー能力かと思う程だった。
「あなた、何のことを言っているの?」
既に朝食前から黒のワンピースに着替えていた私はたまらず背後を向き、シャロンの瞳を鋭く見つめながら言葉をぶつけた。
偶然であるが、シャロンの服装は黒の太ももまで見える短めのスカートに、この時期には暑苦しく見える肌の隠れる黒のジャンパー姿だった。
「いえ、なんでもありません。人違いでした。
稗田家の人間と聞いていたのでつい……気にしないでください」
何を知って言った発言なのか、それではまるで答えにならなかったが、クールな格好をしたシャロンとの会話はそれ以降続かなかった。
私は今度こそ振り返ることなく東館へと歩いた。
「余計なことに時間を取られた……リハーサルまであまり時間がないのに」
本来であれば、旅館の主人から事情を聞くだけだったのにもかかわらず、随分と時間が経過してしまっていることに私は悔やみながら、皆のところへと早足で合流した。




