第十四話「魔法使いの疾走」3
次第に理性が働き、思考が通常に戻ることで原因の所在がなんとなく分かりつつも、これは私の中にある潜在的な欲求で、快楽を欲しているのではという怖いくらいの疑いが襲ってくる。
「でも、なんとかしないと。このままにしておくわけにはいかない、嫌な気配が強まってる、見せられてるんだ、この旅館に潜む悪しき存在によって」
私は二人を起こさないように小声で呟く。
被害は私だけに留まらないかもしれない、いや、むしろ私だけ変な夢を見ているなんて考えたくない。
私は原因を突き止めるべく立ち上がって支度を始めた、みんなが就寝している夜の間に解決しなければならない。
魔法使いとしての正装にもしている黒のワンピースに着替え、祖母の形見として持っている真珠のネックレスを首にかけ、赤い大きなリボンは付けずに、ヘアゴムを使い後ろで髪を結んだ。
何となく夜目を働かせ視線を動かして武器を求め、和室に飾られている見た目だけは立派な偽物に違いないなまくらの日本刀を私は手に掴んで、二人を起こさないようにゆっくりと物音を立てずに客室を出た。
「役に立たないと思うけど、ないよりいいか。
いざとなれば捨てればいいし」
そう思いながら日本刀を手に言葉を発し、照明もすっかり消え、物音一つしない真っ暗で静かな旅館の廊下を夜だけに秘密の探検気分で歩いていく。
東館から西館へ、コンタクトレンズタイプの生体ネットワークを効果的に起動させ、夜でも関係なく視界を見やすい形にカメラを弄るように変えて歩いていくと、さらに嫌な気配は強まっていくと同時にピリピリとした緊張感が悪寒をさせながら襲い掛かって来る。
(霊感の強さが、逆に私を狙うきっかけになったか、本当にこのまま放置しては置けなくなったわね)
危機感が確かなものになっていき、これは本当にもしかするかもしれないと思い、私は覚悟を決める。
戦闘になれば迷っている時間はない、魔力を解放し速攻で殲滅しなければ呪いを食らう恐れもある、一瞬の判断ミスが取り返しのつかないことになる、それだけは避けなければらならなかった。
この世のものではない邪悪な存在、この嫌な感覚の元凶となるモノ、その気配が最も強く感じられる西館にある使用禁止の札が分かるように貼られ、誰にも使われていない大浴場まで辿り着き、私は対峙する相手が”ゴースト”であることを案じ、迷いなく”ファイアウォール”を展開した。
「……これで建物を壊さないで済むから」
視覚では分からないお得意のフィールドを展開し脱衣所へと向かう扉を両手を使いグッと力を込めて開く。脱衣所に入るとガムテープによって完全に封鎖され、入場を拒む大浴場へと続くガラス扉が見えた。
ガムテープと一緒にいくつものお札が張られ、それを見ただけで一般人なら身震いし怖気づいて逃げ出してしまうほど異質な光景であった。
何かあると言わんばかりの光景を前に、私は緊迫感を胸に感じながら息を整えた。
私が制御するファイアウォールの能力があればこのまま扉を破壊してしまってもファイアウォールを解除した時には扉は元通りになる。
心置きなく力を解放してゴーストと戦うには適した特性であり、様々なタイプが存在するファイアウォールの中でも私のものは使い勝手が良い。
私は左手に鞘に納められた日本刀を抱えながら、右手でガラス扉に手を掛ける。
少し力を込めると唐突に耳障りな女の唸るようなうめき声が頭痛を引き起こしかねないぐらいに強く頭にまで響き渡った。
これは間違いなく、この中にいる”彼女”の抵抗する意思を表している。
私は決戦は避けられないと思い、頭の中で戦闘のシミュレーションをしながら感情を高ぶらせた。
何事もない、気のせいだと思いたくなるが、魔法使いである私の感覚がもう間違いなく無視できない事案であると訴えかけて来ていた。
内に秘めた魔力を解放し、私はガラスを割らないように固く閉ざされた扉を力を加減しながら勢いよく開いた。
力任せにやっても開くことない横開きのガラス扉が魔力を行使することで開錠し、しばらく放置され、無残にも薄汚れた大浴場の姿が眼前に現れた。
そしてその奥、風呂桶の辺りに黒いモヤが黒煙のように舞い、姿を隠した”ゴースト”の存在を感じた。




