第十三話「眠れない夜」4
私は夕食が終わりずっと客室で一人だった。
この建物自体は古くないが、趣のある和室にはクマの木彫りや恐らく偽物であろう日本刀が鞘に収められ飾られていて、2059年のこの時代にありながらなかなか立派な和の空間が広がっている。
「遅かったですね、唯花さん、どうかしましたか?」
唯花さんが部屋に戻ってきた。
色っぽくも艶やかな長い髪を後ろでまとめ、綺麗な浴衣姿をしているのに、どこか疲れの色を滲ませ沈んだ表情を唯花さんはしていた。それがエレベーターに閉じ込められたからか、私には判断が付かなかった。
「稗田さん一人だったの。なんでもないの、ちょっとお手洗いが長引いただけだから、心配しないで」
本当のところ話しかけてよかったのかも分からなかったから、すぐに返答が返って来て、私は少し気が楽になった。
先に布団を私が敷いていたので、唯花さんは落ち着いた様子でベランダ側の布団に座った。
その姿を見て、私は中央の布団に戻り、会話を続けた。
「千歳さんはたぶん光のところだと思います、せっかく同じ班になれたからイチャイチャしているのかと」
光と千歳さんがラブラブな光景は容易に想像できるので、私はあまり考えずに言った。
「それは微笑ましい限りね、達也が気を使って部屋に戻ってなかったらもっと大胆なことをしちゃってるかもね」
唯花さんがそう微笑みながら言うが、説得力の乏しい話しだった。そもそも浩二君も同じ客室なのだから、そうそう二人きりになるチャンスはないはずだ。
”もしかして、唯花さんは……”
導き出される推測は単純だった。
でも、それを聞いてしまえばさらに余計な遺恨を残すことになる、恨まれていると思うのは私の勝手な思考ではあるけど。
「唯花さんは……」
「どうしたの? 稗田さん? 遠慮しないで、私、本当にもう気にしてないから」
私が言葉を詰まらせたところで、唯花さんは反射的に私の心情を察して言葉を掛けた。それがあまりに自然だったので、私は唯花さんという女性が少し怖くなった。
唯花さんは人と話す時、簡単に相手の気持ちを察してしまう人で、それが本音を隠し強がっているように私には見えた。
「いえ、この際ですから謝らせてください。
私、反省しているんです、唯花さんの気持ちを考えずに真奈ちゃんの病状のことを言ってしまったこと、言い訳にならないけど、疲れてたんだと思います。それに真奈ちゃんのことを守りたくて……。
今まで真奈ちゃんのことを守ってきたのは本当は唯花さんなのに、それをちゃんと理解できていなかった私が悪かったです」
どうしてか心の読めない唯花さんともう少し打ち解けられて、お互いの気持ちを話し合えたら……そう願っている私の気持ちが口から溢れ出た。
私の言葉に感応した唯花さんは首を振って、潤んだ優しい瞳を見せた。
風呂上がりで化粧の落ちたすっぴん姿の唯花さんは、変わらない綺麗な玉子肌と透き通った瞳をしていて、化粧しているときの印象と比較しても違和感がなかった。
成長途上のように童顔の丸顔をした私は化粧をしても大人っぽくならないから、やっぱり羨ましかった。
「稗田さん気にしないで、自分のせいだって分かって鬱になって、バカなことをして周りに迷惑を掛けているのは私の方だから。
それに、稗田さんの方が先のことを見据えていた。
真奈ちゃんが危険な身体であることを知って、魔法使いとして力の制御が出来るよう、四月の初めから手を貸して、倒れた時も助けに来てくれた。
稗田さんはあなたにしか出来ないことを責任を持ってできる立派な人よ」
唯花さんの分析があまりに冷静で私を気遣ったものだったので私は驚かされた。
一度くらいは説教や恨み言を食らう覚悟でいたのに、唯花さんはあまりに人が出来ている、それは私も見習わなければならないことだろう。
「そこまで言っていただけるほど私は立派では……それに、唯花さんは私の妄言かもしれない魔法使いの話しを信じてくれるんですか?」
それは疑問だった。
科学的に立証されていない説明を信じる人はなかなかいない。
でも、唯花さんは私の問いに迷う様子もなかった。
「えぇ、信じるわよ。だって、信じていないと真奈ちゃんと私がもう一度一緒にいられる日々は戻ってこないもの。
それにね、秘密にしていたけど私はあなたのお婆様、稗田黒江さんと一緒に日本に戻ってきたの。お互いあの劇場で燃え広がった火災現場から逃れてね」
壮絶な火災現場であったこと、唯花さんがあの現場にいたことは承知していたが、それでも祖母と出会っていたことは私にとって驚きに値した。出来ることなら私も行きたかっただけに、気になって仕方なかった。
「本当ですか……? 祖母はあの火災事故をきっかけに……唯花さんと祖母がそこまで繋がっていたなんて……」
自然と手に掴んでいたタブレット端末を握る手に力が入る。
私は祖母の話しということもあり、自然と背筋が伸びた。
「稗田黒江さんはね、あの時亡くなった浩二と真奈ちゃんの両親と面識があったのよ。それが共通点だった。お互い大事な人を失ったことを共有しながら日本に戻ったの。あの人にとって二人は凛翔学園にいた頃の教え子みたいなものだったみたい。細かいことは聞いてないけど、私の両親も浩二の両親も同じ演劇部に所属していたから」
そういう共通点があったのかと私は納得した。
街の再建を進める中で、おばあちゃんは凛翔学園の理事長もしていた、面識がある可能性もあったということだろう。
唯花さんと二人きりでギクシャクすると思ったがそんな結果にならずに済んだ。
少し打ち解けられたと思えたので、私は備え付けの冷蔵庫から冷たい緑茶を取り出し、唯花さんに分も一緒に淹れて、ゆっくりと千歳さんが戻って来て消灯時間がやってくるまでを名残惜しく過ごした。




