第十三話「眠れない夜」3
「それで、そっちの話ってなに?」
ずっとここでコソコソ話を続けられるわけではないので、私は間を置かず浩二に聞いた。
「それなんだけどな、変更した脚本読んでくれたよな?
実は、知枝に告白しようと思うんだ」
舞台上で……みんなの前で告白する、そのために追加のシーンを加えた脚本を浩二は作り上げたのだ。
私はそのことに瞬時に気付き、衝撃のあまり一瞬言葉を失った。
しかし、眩暈を引き起こして倒れるわけにもいかず、気を確かに思考を働かせて、なんとか次の言葉を吐き出そうとお腹に力を入れて口を開いた。
「本気で好きなの? 私のためなんて考えてたら承知しないわよ」
私が浩二を嫌いになることなんて出来ない、たぶんその事を浩二は気にせずにいられない。
だから稗田さんと付き合うことで、諦めさせようとしているなら、私は許せなかった。
「”本気だよ、俺は知枝が好きだ”」
わざと挑発するような言葉を言ってしまったような結果となった。
浩二は真剣な表情で迷いがない様子だ、既視感がある、羽月さんの時と一緒の目を彼はしていた。
「”いつからなの……一体、いつから好きなの?”」
直接聞くのは怖くてたまらないけど私は知っていた、稗田さんが浩二を好きなことを。
だから、浩二が真剣に告白をした先に二人が結ばれることになることを、私は知っている。
「よく分からない。でもさ、一緒に稽古をしながら、震災のピアニストの晶子と隆之介、二人の関係に感情移入していって……そしたらさ、知枝のことばかり考えるようになったんだ。
それで、だと思う……。
今日だって、一緒に京都の観光名所を回って自分でもびっくりするくらい、信じられないくらい楽しくて……もっと一緒にいて、知枝の事もっと知りたいって本気で思った」
これはやっぱり運命をいたずらなんだと思った。
告白をされ、頬を真っ赤にさせて恥ずかしそうに、でも信じられない気持ちのままドキドキして、嬉しそうに演技を続けて浩二の気持ちに懸命に応えようとする稗田さんの健気な姿が頭に浮かぶ。
私は式見先生役として演じながら、浩二と稗田さんが結ばれる姿を応援しなければならないのだろう。
寂しいけど、きっとそれが私に定められた避けようのない現実なのだ。
「”浩二はさ、変わったよね”」
表情を少し緩めた私がポツリと呟くと、浩二は驚いたようにこちらを向いた。
「何か変わったか? 心当たりがないんだが……」
「変わったよ、浩二は自然体な感じだから気付かないかもしれないけど。
一年前より柔らかくなった、言葉も態度も、前はもっと刺々しかったよ。
羽月さんが変えたんだよね。私、分かってたんだ。嫉妬深いからずっと言い出せなかったけど」
私は今になってずっと思ってきたことを話した。
実際羽月さんと話した時も、共感する結果になったことだ。
「そうなのか……自分ではよく分からないな」
浩二が首をかしげる、浩二の首のラインや男らしい肩が好きだから、こんな時でもちょっぴり見惚れてしまった。
「うん、稗田さんにも最初から優しかったよ。
浩二には私がお節介を焼いてるように見えただろうけど。
稗田さん、安心して居心地の良い様子だったから。
普通はもっと、家まで誘ってもすぐ帰ろうとするのに、稗田さんはそうしなかった。
だから、二人が惹かれ合うことがあるとしても私は不思議に思わないかな」
直接応援はしないけど、私は誰のためでもなく言った。
「なんだそれ……向こうの気持ちは分からないけどな。
舞台上で一方的な告白をして、喜んでくれるかどうか」
一歩間違えば拒絶反応を起こしかねない一世一代の告白であるだけに浩二が自信なさげな表情をするが、私は稗田さんの気持ちをもう知っているから、髪を弄りながら真剣に悩む浩二の姿が新鮮に映った。
「私は舞台袖で見てるから、もう好きにしなさいよ、演劇クラスのみんなを巻き込む結果にもうとっくになってるんだから」
私の気持ちなんて考えなくていい。
変に遠慮されたって惨めになるだけだ。
だったら、もう派手に告白してくれた方が清々しいくらいに諦めがつく。
そのために、色んな根回しをして、浩二は準備をして頑張っているんだから。
浩二だって告白して稗田さんと付き合いたいという第一目標がありつつも、それを分かっているはずだ。
「あぁ、聞いてくれてありがとな。
唯花と話したら緊張がほぐれたよ」
「なにそれ? 本当に浩二ったら容赦ないんだから。
話が済んだなら早く寝なさい、この借りは高くつくからね」
私が後腐れのないように、気を抜かず必死に自然を装い、怪しまれないよう振舞った。
稗田さんの気持ちを知っているとはいえ、それは浩二には言えないこと。
卑怯だとは分かっていても、浩二を安心させたくなかった。
浩二との変わらない幼馴染の関係が続くように、私は言葉の上では浩二が告白しようとする意志を否定せず、応援する道を選んだ。
「そうだな、もう部屋に帰るよ。
今度は大勢呼んでライブするのもいいかもな、それが借りを返すことになるかはわかんねぇけど」
そう言いながら、浩二は立ち上がり、一度私と視線と合わせると、満足したように部屋へと向かって歩いていく。
そんな、すっかり男の目をしていた浩二の後ろ姿を見ながら私は最後に言葉を掛けた。
「浩二、真奈ちゃんの事、ありがとうね。
もう、真奈ちゃんもしっかりしてきたとはいえ、浩二一人に任せっきりにしちゃった。
私、信じてるから、真奈ちゃんとまた一緒にいられる日々が帰ってくるって」
大切なことは大切な時に伝えるから意味がある。
二人きりで真剣な会話をする機会はそうそうないので私は恥ずかしさを気にせずに、本音を伝えた。
「分かってるよ、俺も信じてる。
絶対真奈と会わせてやるから。
だから、まだ挫けるんじゃねえぞ」
態度が柔らかくなったのを褒めたところで、懐かしいくらいの口調でカッコつけなセリフを吐いて、浩二は私の前からいなくなった。
また、余計に好きになってしまいそうでちょっとほろ苦かった。




