第十三話「眠れない夜」2
「どうしてこう……覚悟までしていたのに、胸が苦しくなるのかしらね」
温泉に浸かって、夕食を食べたら少しは気持ちが晴れるかと思ったけど、全然そんなことはなくて、高そうな京料理の味もほとんど感じられないほどだった。それほどに、達也から受けた告白の言葉は重みがあって頭から離れてはくれなかった。
「何か、あったのか?」
さすがに雰囲気の違う私の違和感に気付いたのか、浩二は私を心配するように聞いた。
「”達也にね、告白されたの”」
はっきりとした口調で私はエレベーターでの告白を伝えた。
本来それを浩二に告げるのは勇気のいることだったが、私はもう糸が切れたように浩二の前でどんな秘密も隠すことをしなくなっていた。
「断わったのか?」
重大な話を私が言ってしまったせいで、空気が変わったように真剣な眼差しで浩二は続けて聞いた。
それは聞かずにはいられないだろう、だって私たちはいつも三人一緒にいたんだから。
「うん、最初から、うーん……ずっと前から決めてたから。
断る手段をずっと温存していたんだから、当然だよね。
納得出来ないかもしれないけど、浩二を好きな私が達也に告白されて付き合うのは、きっと後々、苦しむことになって、後悔することになるって思って。
達也の気持ちを受け入れた後、私たち三人の関係がどう変わっていくのかを考えると怖かったの」
私は素直に自分の内に秘めた感情を苦笑いを浮かべながら浩二に伝えた。
先のことを想像してしまうのは、大人になってしまった弊害で、私がこんなことをうだうだ考えてしまうのも悪い癖なのかもしれないけど、考えれば考えるほど、辛くなってしまうのは本当の事だった。
「変わるとか変わらないとか、気にしすぎなんだよ。
達也だって付き合う相手に値する、いい関係を築いて来たじゃないか」
浩二は納得いかない様子でそういった。
これまでの振る舞いを見て来ても、こう言うのだから、これが浩二の本音なんだろう。
「分かってるよ、それでも今まで通りの気持ちでは、一緒にいられなくなる。
私と浩二が会話すればするほど、きっと達也を嫉妬させてしまうと思うから」
それこそ二人の時間が増えればどうでも良くなっていくのかもしれないと普通は思うだろうから、たぶん、耐えられなくなってしまうのは本当のところ私の方なんだろう。
そう、私と達也が付き合って、浩二が誰かと付き合って、その先に待っている未来ではもっと三人でいる時間が失われている、それは今からでもはっきりと分かることだ。
浩二といる時間が恋しくて大切な私は、そんな未来に耐えられなかったのだ。
「俺は、二人が付き合うことになったらいいなって思ってたのにな……」
「達也は達也なのよ、言っても分かってもらえないかもしれないけど、私にとっては。だから、付き合うとか、そういうことは考えられないの」
これも言い訳に過ぎないけど、浩二にはこう伝えるしかなかった。
寝込んでいる時は会話もままならなかったから、胸の鼓動が激しく脈を打っていてもこうして自分の口で言えるだけ、自分の気持ちを伝えられるだけ、今の私の状態はちょっとはマシなのだろう……。
これ以上修学旅行中に精神的緊張や過度のストレスを感じて発作を引き起こすようなことはないと思うけど、あまり病み上がりの身体に無理は良くないんだろうなと思う。
「男って本当に弱ってる女が好きなんだから……看病してもらってたのがダメだったの、達也に自信をつけさせちゃった。
私が達也の気持ちを動かしちゃったのよ」
「いや……それだけじゃないと思う。
俺、唯花が俺に告白し損ねたことを伝えたから」
「そっか……じゃあこれは、避けられない結果なのかな……達也には本当に悪いけど」
浩二の言葉に私は納得してしまい、息を吐きながら天を仰ぎ、ずっと私たちを見下ろす満月を視界に入れた。
結論を先延ばしにするように、告白させない努力をするなんて、そんな考えはふざけていると自分でも思ったが、今の結果を見れば、達也の感情を上手くコントロール出来ていた方が、誰も傷つかずに済んだのかもしれないと考えてしまう。
浩二が私と達也が付き合うことを願うこと自体、私にとっても抵抗感はないけど、それで私の判断が変わることでもなかった。
いずれにしても、良心は痛むが、達也には心に傷を負って私のように悲観的にならないことを願うしかない。




