第十二話「Clover Point」10
私はどうしようもなく沈黙が続く時の間、達也と出会ったこれまでの日々を思い出していた。
始まりはそう……あの時だった。
公園で怪我をして膝から血を流し泣いている私を見つけて、無駄口一つせず、テキパキと慣れた手つきで初対面の私に手当てをしてくれた無口で真剣な表情をした達也。
その時も浩二とは一緒で、私たちはその後、痛みも忘れて三人で公園で陽が落ちるまで遊んだ。
私たちと過ごす中で、無口だった達也も段々と感情を出すようになって、自分のことを話すようになった。
それから、事あるごとに一緒にいて、三人でいるのが日常になって、私たちはさまざまな思い出と共に楽しい時間を過ごした。
達也が、私たちとだと打ち解けて遠慮せずに話してくれているのが分かって嬉しかった。達也にとっても私たちが大切な存在に変わっていくのが分かって嬉しかった。
思い出は数えきれないくらいある。
中学の頃、私がお母さんの影響もあって、大のカラオケ好きになって、いつも付いてきてくれたのも二人だった。
一緒の中学に通い卒業し、一緒の高校に入った。
三人揃って劇場に行って演劇の舞台を楽しんだ。見るだけじゃなく、自分たちで作り上げる演劇もやり甲斐があって楽しくなった。
バーチャルシンガーになった私のことを、凄く応援してくれた。
”ファミリア”でアルバイトを始めた私を見に、食事をしにお店までよく来てくれた。
関係が途切れる予感一つなくここまで来た私たち。
それがどうしてなのか……今になってこんなことにまでなった。
本当はもっと早く、私はこうなることを覚悟しないといけなかったのかもしれない。
閉じ込められて一時間ほど経過しただろうか、エレベーターは突然動き出し、私たちは救出された。
「―――唯花さん、大丈夫だった?!」
扉が開いた先には、心配そうにしている羽月さんの姿があって、必死に土下座する勢いで謝り続ける旅館の従業員がいた。
私はそんな姿を見て、やっと目が醒めたようにいつもの私に戻った。
作り笑顔を浮かべて”全然大丈夫です、こんなこともありますよ、貴重な体験でした、ですから気にしないでください”と、サラサラと言葉を並べて早々に部屋へと私は逃げ去った。
達也には悪いけど、一秒でも早くここから離れたかったのだ、もう、我慢の限界だったから。
私はその場を離れると、まだ一番乗りで無人だった客室に入り、その場でへたり込んだ。
まだ、同室の千歳も稗田さんも京都散策から帰って来ていない様子だった。
私はそのまま、我慢していた感情を爆発させた。
こんなに卑怯な自分がたまらなく嫌なのに、涙は止めどなく溢れてくるのだ。
「ごめんね達也……私だって本当は好きだよ。凄く胸がドキドキしちゃってるよ。
今までの誰からの告白よりも胸が苦しくなってるよ。
だってずっとそばにいてくれて、私のことを大切にして、沢山助けてくれたもんね、本当に私、感謝しっぱなしだったよ。いつか、その気持ちに応えてあげなきゃって思ってたよ。
でもね、やっぱりだめ……浩二のことを諦められても、私は人を好きになっちゃいけないの。だって、浩二のことを一番に好きな気持ちは今だって変わらないんだから。
もう、こんなどうしようもない私がこれ以上人を好きになるのが怖いの……今度は達也のことを傷つけることになるかもしれない、そんな焦燥感に駆られて、私、本当に怖くて。
また、誰かを傷つけてしまうんじゃないかって怖くて。
だからごめんね、私が臆病なばっかりに寂しい想いを、悲しい想いをさせて……」
張り裂けそうになる感情をぶちまけて、私はみんなが帰ってくるその前に泣き止むように、誰もいない客室に座り込んで、精一杯気が済むまで泣いた。




