第十二話「Clover Point」9
気持ちが空回りして無理をし過ぎたせいかもしれない。
歌を力いっぱい歌いきって、カラオケボックスを出た直後、私は頭がグラついて来てしまい、揺れる視界の中、その場で倒れ込んだ。
日差しが強いせいもあったのだろう、明らかに貧血を起こしたのだった。
それからすぐ、貧血を起こした私のせいで、達也も巻き込んで公園で休むことになった。
「まだ病み上がりなのに、無理してはしゃぎ過ぎたんじゃないか?」
「そうかもね、何か振り返りたくなくって。もう少し、私らしく振舞えると思ったんだけどね」
自然な私でいれたら変な不安も無くなると思ったけど、自然な私でいるために頑張りすぎてたみたいだった。
達也の持ってきた冷たいスポーツドリンクを飲みながら私は休憩した。
お土産は十分に買ったからいいけど、上手に時間を潰せたかどうかよく分からなかった。
「―――達也ごめんね、もう大丈夫だから、先に旅館に帰ろうっか?」
私は達也には悪いと思ったけど、旅館に戻ることを提案した。
達也がこういう時に私を無理させないこと、安心できる場所に帰そうとすることを私は知っている。だから、この後の言葉もはっきりとイメージ出来ていた。
「あぁ、これ以上荷物が増えても仕方ないしな」
達也はいつだって私に甘いのだ。
舞が普段着るような短いスカートにも慣れて来た私は、達也と一緒に旅館へと戻った。
*
イレギュラーは多少あったけど。概ね計算通りに問題もなく達也との二人きりの時間ももうじき終わろうとしていた。
旅館に着き、安心しきった調子でエレベーターに乗って客室へと向かう時だった。
1、2、3と上がっていく数字をただ眺めていると大きくガタンっ! と横揺れと一緒に物音がして、エレベーターは緊急停止した。
私は緊急停止した衝撃で足元がおぼつかなくなり、その場で倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か?」
心配そうに転んだ私の肩を達也が掴んで支えてくれた。
私は誤って下着が見えそうなくらい足が開いているのを直して、痛みが残っていないのを確認した。
「私は大丈夫、でも、エレベーターが……」
「緊急停止したみたいだな……3階と4階の間で止まってるみたいだが、地震が起きた様子はないから故障だろうな」
地震や火災でないことは現状から予測が出来た。
尻餅をつき、ちょっと情けない格好の私を気遣って、達也が旅館の人に連絡を入れてくれた。
「しばらく、復旧には時間がかかるみたいだな……」
長時間、エレベーターの中で待たなければならないのだろう、達也が大人しく私の隣に座った。このまま大人しく救助が来るのを待つしかない、それが現実だった。
「本当ついてないわね……ごめんね、達也。こんなことにまで巻き込んで」
「唯花のせいじゃないだろ、一人じゃないだけマシだよ」
達也の言うことも最もだった、一人だったならもっと憂鬱だったに違いない。
それにしても、エレベーターの中は閉鎖空間なだけあって空気は薄く、気温も湿度も高く息苦しかった。
こんなところにいつまで待たされることになるのかと不安に思ったけど、こんなことでネガティブになるのも、今更な気がしたから、ここは大人しく黙って待つことにした。
体育座りをして顔を伏せてジッと目をつぶって静かにして待つ、ただそれだけの時間が続いていく、そのはずだった。
「唯花」
達也の声が聞こえて、何か気付いたことでもあるのかなと私が思わず反射的に顔を上げて、瞳を見開いたまま視線が一致した次の瞬間、達也が唐突に思わぬ言葉を私に言った。
「なぁ、ずっと考えたんだけど、付き合わないか?」
ずっとって一体何年前からだろう……そんな余計な言葉が最初に頭の中に灯った。
今まで見たことのない真剣な表情をしていて、その達也の姿を見ただけでそれが冗談ではなく息抜きでもなく、本気であることがはっきりと分かった。
この暑い日に、ネクタイを外さなかったのはそういう理由なのだろうか……。
聞いた瞬間は酸素が薄くて現実感がなかったけど、達也の言葉を聞いて心の奥から沸騰するように熱を帯びていくと同時、私はたまらなく悲しくなった。
それは、この後に私が言わないといけない言葉が……”ずっとこの日が来るのを想定して頭の中で反芻してきた言葉”が、”私に間違えないように”と言いつけてくるからだ。
「ねぇ、それって、私のことを異性として好きってこと?」
自分でも憎たらしく思うくらい、冷たい声色をしていた。
冷静に言ったように見せて、全然冷静なんかじゃないのが自分でもよく分かる。
こうならないために、あえて今日一日ハイテンションに振舞って話をする隙を与えないようにしてきたのに。
これはきっと、そんな卑怯な私への罰なんだろう。
「あぁ、好きだ。この世界で一番愛しているよ」
何で私なんだろう……その言葉を喜んでくれる人はきっとたくさんいるはずなのに、どうして私なんだろう……。無神経極まりないが、現実を直視したくなくて、そんなことをつい思ってしまう。
達也にとっては一世一代の告白だろう。
彼が誰かに告白したという話しを聞いたことがない、逆はあったけど達也がOKしたこともない、”彼はずっと私に一途だったから”
「達也、気持ちは嬉しいけど、好きって言ってくれるのは本当に嬉しいけど……私は受け止められないよ、達也の彼女にはなれない。
達也、私はね、今芸能事務所に所属していてアイドルやってるの。
事務所の都合でずっと秘密にしてたけど、今までの一人で始めた、ままごとの延長線じゃない……歌を聞いて欲しいだけの趣味じゃない、真剣にお仕事として活動頑張ってるんだ。
だからね、ファンの皆を裏切ることは出来ないんだ……。
ふざけてるって思うかもしれないけど、契約書に彼氏作るなって書いてるわけでもないのに、守る義務なんてないって思うかもしれないけど……私は今が幸せ、この今ある関係を大切にしたい……。これからも諦めずに続けていきたいの……だから、ごめんなさい。
あなたの気持ちを受け入れることは出来ないです」
達也の心に響くように、ちゃんと私が卑怯な女だって思ってくれるように言葉を尽くす私は、半分道化を語る役者で、半分壊れた女そのものだった。
私は知ってる、達也はこんな卑怯な私でも責めたりしない。
私は知ってる、こう説明すれば諦めてくれるって。
目の前で彼の表情が曇っていくのを私は見ながら、心の中で自嘲し、そして苦しい気持ちになりながら、泣いた。
”こうなるのは、最初から分かっていたから”
「分かった……もういいよ……悪かった、こんな時に言う事じゃなかったな。
僕もどうかしてた、卒業が近づいて焦ってたんだと思う、ずっと好きだったから。
だから、今言ったことは忘れてくれ。
唯花の事、応援してるから」
心が沈んでいきながらも、不器用に声を振り絞って普段より早い口調で謝る達也。
ずっと、この時のために”アイドル”をしていることを秘密にしてきた私が悪いのに、達也はそれでも優しさを捨てなかった。
達也は思った通り、私にはもったいないくらいに良い人だった。
「ありがとう、隠し事の多い女でゴメンね。
これからは、もう、こんなことは止めるから」
私は自分の中に溜まった自責の念を、これが最後とばかりに少しだけ晒した。
ずっと近くで一緒に仲良くしてきた幼馴染にまで隠し事をする、私はそういう女だった。
それに達也も告白しながら、浩二の名前を出すことはなかった。
そんな名前を出してややこしくなることを、私はしたくなかったから助かったけど、それがまた心の溝を作っているようで、私は悲しかった。
真奈ちゃんが倒れたあの瞬間から、地獄はまだ終わってなかったのだと気付かされながら、沈黙の時間がそれから長く続いた。
永遠のように長く感じる時間、達也は泣かなかったし、私も泣かなかった。
息が詰まるような時間を、ただ、感情を失ったように、達也はずっと助けが来るまで黙っていた。




