第十二話「Clover Point」8
稗田知枝×樋坂浩二SIDE②
雪月花の三庭苑を回り、その後、嵐山に向かい、竹林の道や野宮神社などを回った二人は、陽が落ち始めたのを見て、バスで京都駅へと戻り、京都タワーを訪れた。
これ以上ない充実した一日を過ごした二人は、京都タワーのエスカレーターに乗り込み、展望台へと昇っていく極上の景色にまた興奮していた。
「凄いね! 浩二君! どんどん、遠くまで視界が開けていくよ!」
上空へと昇っていくエスカレーターから、窓を外を眺めながら、知枝が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
展望台に辿り着いた二人は、外の景色を眺めながら、夜へと変わっていく夕焼け空を眺めた。
「浩二君、今日はありがとうね。迷惑じゃなかったかな? 明日の準備で疲れてるのに、なかなかゆっくりできなかったよね?」
「そんなことねぇよ、俺も楽しかったよ。京都ラーメンも食べれたからな。
知枝の過ごしたい青春を一緒に経験できるのは、悪くないって思ってる」
キザな部分も残りながら、浩二は素直な感情を知枝に伝えた。
「浩二君、ラーメン好きだもんね。舞がいつも言ってる、先輩が連れて行く場所はいつもラーメン屋さんだって」
上機嫌に笑いながら知枝は言った。
先程、着物を返しに行ったので、お互い朝出掛けた時の格好に戻っていた。
知枝の首に掛けたグリーントルマリンのペンダントが薄暗くなっていく展望台で光輝いて見えた。
「私ね、浩二君と一緒に京都を一日回ることが出来てよかったよ。
毎日稽古に付き合ってもらえてることは感謝してるの。
それで、一緒にこうして遊びに出掛けたら楽しいだろうなって思ってた。
余計なことは全部忘れて……こうして一日、好きなように過ごして……。
そういう時間に、気付いたらずっと、私は憧れてたんだと思う」
頭の中で一緒に稽古をしてきた日々が蘇る。
平日の午後の多くを一緒に過ごした二人。
舞台を成功させるという目的があったから、浮いた話一つできなかったが、それでも、積み重ねて来た日々は確かな絆となっていた。
「そっか……俺も、同じようなもんだよ。
俺はさ……知枝のことも、唯花のことも、真奈のことも傷つけた。
感情的になって酷いことをする、ロクでもない奴だよ。
だけど、知枝がこんな風に、楽しそうに一緒にいてくれて、気持ちが救われたんだ。
少しだけ、後悔してたことも、思い出に出来た。
忘れることなんて出来ないけど、そんな気がするんだ……」
後悔していたことも、関係を取り戻すことで少しずつ苦い思い出へと変わっていく。
そうして少しずつ、前に進んでいくことが出来ることが浩二には嬉しかった。
知枝は浩二の言葉に頷く、気持ちは十分にお互い伝わっていると、胸が締め付けられるくらい分かった。
「うん、浩二君は優しいね。
唯花さんも立ち直らせてくれた。
だから、私もこうして笑っていられるんだよ。
本当に、浩二君のおかげなんだ」
京都の空に、二人の想いが自然と言葉になって、今、この気持ちを大切に、忘れないようにと、優しく口から零れていくように言葉が流れた。
許し合うことも、確かめ合うことも、こうして過ごす時間が導いてくれたのかもしれないと、浩二は思った。
「明日はお互い頑張ろうね! 私も二回目だからちょっとは自信あるんだ」
「それは良かった、俺の方が浮いてしまうかもしれねぇから、リハでしっかり確認しようぜ」
「うんそうだね! 本当に楽しみ、本番前になると逃げ出したいくらい緊張するのにね、不思議っ!」
「そうだな、好きな奴にとってはその緊張感がたまらねぇんだよ。俺は心臓に悪いから非常時だけで十分だけどな」
綺麗な景色を目の前にしているおかげか会話を続けていても穏やかな気持ちが最後まで途切れることはなかった。
こうして、明日迎えるリバイバル公演を前に、主役を務める二人は、熱い信頼関係を確かめ合ったのだった。




