第十二話「Clover Point」3
―――稗田知枝&樋坂浩二SIDE
最初の目的地を清水寺に決めていた知枝と浩二は市バスを利用するため券売機へと向かった。
「市バスのフリーパスでいいんだよな?」
「うん、一日乗車券ね。五十年ぐらい前からシステムは変わってないみたい。運転手さんが乗車券を毎回確認して。不思議だよね、もっと便利にする方法はいくらでもあるのに」
「変わらないのがいいんじゃないか、この人の数だし、年配の人や外国人も多いからさ」
「そう……かもね、なんでもすぐ順応できる人を基準にして、世の中が回るわけじゃないもんね」
浩二の言葉に緊張しながら頷く、身長差があることもあり知枝は小動物のようにこれから二人きりで行動する恥ずかしさを堪えている様子だった。
二人は列をなすバスターミナルに並び、十分ほど待ってバスに乗車すると、清水寺、祇園方面へ向かった。
知枝は揺れるバスの車内でも、座席に座れたこともありタブレット端末を取り出して観光ガイドを興味深げに閲覧していた。
浩二はその集中する様子を横から見る、頭一つ分座高の低い知枝。
最近よく見る太ももが見えるレースの付いた黒の半袖ワンピース姿だが、今日は見慣れない緑色に綺麗に輝くペンダントの付いたチェーンネックレスをアクセサリーに付けている。
それはグリーントルマリンという宝石でエメラルドと似て間違われやすいがエメラルドの魅力を全て兼ね備えた、より透明度の高い輝きを放つ宝石である。
清水寺に近いバス停に降りた二人だったが、知枝の一言ですぐに流れが変わった。
「せっかくだから、着物借りていってもいいかな?」
知枝が浩二の服の袖をがっちり掴み、子どものような無邪気さで宝石のように透き通った瞳で視線を浩二に向けて送ると、浩二はすぐ困ったような表情を見せた。
”これはあまりに卑怯だと”
そう言いたくなるくらいの可愛さだった。
「―――いいけど……すぐに着付け済ませろよ」
ぶっきらぼうに浩二が言葉を絞り出すと、知枝はさらに明るい笑顔を見せた。
「うん、ありがと浩二君! もう予約取ってあるからっ!」
浩二は知枝の用意周到さに目が点になりながら、これは仕方なく付いて行くしかないかと、先導する知枝を追いかけた。
(……知枝の着物姿か)
本音を言えば着物姿を見れることは楽しみで仕方ないが、浮かれているところは見せないように、浩二は努めて冷静に振舞った。
レンタル着物を専門に取り扱う綺麗な店内に入ると、さっそく知枝は色とりどりに飾られた着物の物色を落ち着きなく始めた。
「この桜模様の着物なんてかわいいよね! 私たちが出会ったのも桜の咲く季節だったから、ちょうどいいかな? ねぇ、浩二君」
嬉しそうな顔でピンク色の桜模様をした着物を両手に持ちあげながら浩二を真っ直ぐ見つめる知枝、浩二は可愛さのあまり顔を逸らしたくなった。
「そのピンク色の桜模様って、欲求不満みたいじゃね?」
それは神の悪戯か、気付いたときには遅かった。
冷静であれば言うはずのない言葉が、反射的に浩二の口から発せられていた。
「―――浩二君……それは一体どういうことですか?」
知枝は着物を手にしながら身体を震わせていた。
浩二は一気に危険を察知し、はっと目が覚めるが、事が起きた後では言い訳のしようもなかった。
「浩二君には、これがそういう風に見えるんですか?」
追い打ちをかけるように言葉を続ける知枝、完全に壊れた人形のようであった。
「あぁ、すまん、そんなつもりはなかった……」
浩二が反省の言葉をなんとか述べたが、それで許してくれる知枝ではなく、こってりとその後、説教を食らう羽目になるのだった。




