第十一話「一輪の花」6
大阪観光を無事に終え、京都まで移動し趣ある旅館に到着した頃には夕方になっていた。
六月に入ってすっかり陽が落ちるのが遅くなってきたため、まだ外は比較的明るい様子だった。
他のクラス同様、演劇クラスの生徒達も学生らしく遊び足りない調子で、疲労の色を顕著に見せることなく、若さ溢れる賑やかな様子で話し声が途切れることのないまま、続々と旅館の中へと入っていく。
凛翔学園の生徒がまとめて宿泊する東館側の客室に生徒達がばらけていく中、知枝は旅館の中に滞留する不審な気配を感じ取っていた。
「光、みんなを連れて先に行っててくれる? 私、ちょっと気になることがあるから」
輪を乱すのは良くないと思ったが、気になったことは少しでも確かめておきたいと思うのが知枝の性格だった。
「うん、いいけど……あんまり遠くに行っちゃダメだよ?」
旅館の奥から不気味な空気の重たさを感じ取ってしまった知枝は、つい真剣な表情を抑えられず、それがまた光を心配させる結果となった。
「大丈夫大丈夫大丈夫~! 大したことじゃないから、お土産見たりしたらすぐ私も部屋に行くからね」
言い訳にならないとは思ったが、出来るだけ元気そうな笑顔を知枝は浮かべ、生徒達の輪から離れ、気になる西館の方へ向かって早足で歩いていった。
知枝の感じている気配のようなものは、霊感によるものと考えるのが分かりやすく、知枝は魔法使いの素養として、そうした死者の魂を強く感じる取ることに長けていた。
(……使われてない大浴場の方かしら)
西館に入ると東館とは打って変わって物静かで、耳をすませば自分の歩く足音もまで聞こえてくるほどだ。
西館には従業員や一般客が疎らにいるくらいで、薄暗い廊下と共に閑散としている印象だった。
旅館として価値の高さを感じさせる木造建築の廊下をゆっくりと歩き強い気配のする方角を察するに、閉じられて全く使われていない大浴場が最も怪しいと知枝は感じ取った。
(……私の察知スキルによる推測が正確なら、”ゴースト”がいる可能性が高いのだけど、悪性のものであったら宿泊してる今のうちに退治することも検討しないと)
楽しい修学旅行に来てまで、物騒なことに手を出すのは知枝の本意ではなかったが、悪意を持って呪いを巻き散らす個体なら、早急に対応が求められる状況だった。
(……普通の人には感知できないことだろうけど、対処法まで持ってる私が、人に悪影響を及ぼすゴーストがいると知って無視することは出来ないから、ちゃんと旅館にいる間に確かめないと)
知枝は休暇の最中に想定外の仕事が増えた感覚だった。
悲惨な死を遂げた影響か、死後怨霊となってそのまま現世に留まり続けるゴーストを退治するのは、容易なことではない。
西館の”大浴場が使用不可”にされているのを確認した知枝は、一旦友人たちを心配させないよう、大浴場に目をやるのを止め、しぶしぶ客室へと向かった。




