第十話「この手を離さないで」3
「唯花、真奈が唯花のためにって、ケーキを分けて持って来たんだ。”ファミリア”のケーキ。
なぁ、舞が作ったケーキ、唯花も好きだろう?
舞からも頼み込まれたからな、あいつ、本当に唯花のことが好きだからな。
それと、真奈が描いた絵を渡してくれって頼まれてたんだ。
だから見てやって欲しいんだ、真奈の気持ち、きっと唯花にも伝わると思うから。
俺はさ、達也ともう先に見させてもらったから」
俺はケースに入った切り分けられたケーキを丸テーブルに置き、ベッドで座る唯花の方へ歩み寄ると、そのまま真奈から預かってきたキャンパス帳を唯花に手渡した。
唯花は一瞬迷いつつも、キャンパス帳を恐る恐る受け取り、ゆっくりとページを開いた。
そして、開かれたページから色鮮やかな世界が広がっていく。
唯花は視界に映ったキャンパス帳に描かれた一枚を絵を見て驚いたように手が止まり、あの日の情景が記憶の中から呼び起こされているようだった。
ごく平凡なクレヨンで描かれた複雑でもないシンプルな絵だったが、唯花にとってそれは真奈の気持ちがいっぱい込められた”魔法”だった。
「うぅっ……ううぅぅ……あうぅぅっ……真奈ちゃんっっ……うううぅっうぅうん……こんなの見ちゃったら……真奈ちゃんの気持ち、知っちゃったら……。
うううぅぅん……もう、死にたいなんて……言えないよっっ……言えるわけないよっっ……!! 私が全部間違ってたって、認めるしかないよっっ!! うあああぁああぁぁあぁあ…………っっっ!!!!!」
真奈がクレヨンで一生懸命に描いた絵を、俺と唯花と真奈、桜の木の下で並んで写真を撮ってもらった、あの日の光景を見た唯花は、号泣して大粒の涙をキャンパス帳にポツンポツンと落としていくしかなかった。
あの日帰りたいと、そう思っているのは唯花自身も同じだったから。
だから、こんなに胸が苦しくて、涙が止まらないのだ。
俺は唯花を抱きしめることは出来ないけど、唯花と一緒に泣いた。
俺も、俺自身もあの日に帰りたいと思ったから。
4年前から始まった、まだ赤ん坊だった真奈と一緒に歩んできた道のり。
最初は必死だった、父さんも母さんも帰ってくることはなく、自分たちで必死にどうにかするしかなかった。
でも、泣いてばかりだった真奈は面倒を見続けるうちによく笑うようになって、自分で出来ることが増えていって、成長を唯花や達也と一緒に共有できるのが嬉しかった……。
これからもずっとこんな日々が続いていくと、信じ合って生きて来た日々。
あの幼かった真奈も、成長してこんなにも俺たちのことを大切に想ってくれている。
生きる理由なんて、それだけで十分だと教えてくれるほどに。
そんな当たり前で大切なことを、真奈は一枚の絵で唯花に伝えた。
「ああぁっぁああぁ……ぁあああああううぁあぁぁあぁ……っっ。
真奈ちゃん、ありがとう……。
こんなにも、大切に私のことを想ってくれてっ……。
私も会いたいよ……真奈ちゃんに直接ありがとうって言いたいよっ!!」
大切そうにキャンパス帳を身体で握りしめ、感情を爆発させた唯花のすすり泣く声がずっと部屋の中に響き続ける。
俺は、託された言葉を唯花へと届けようと口を開いた。
「知枝から聞いたことだけどさ、この絵は、真奈自身が自分も頑張る覚悟を決めて描いたんだって。
真奈はさ、もう前を向いてるよ。
”自分がお姉ちゃんを傷つけてしまったのなら、これからはそうならないように、立派な魔法使いになって魔力を制御できるようになりたい”
そう、目を覚ました後に知枝に言ったそうだ。
真奈はこれ以上、唯花を苦しめたくない、でも一緒にまた過ごしたいって思ってるんだ。
だから、唯花も一緒に行こう。
こうしてここに俺たち三人揃ってる、それは何も変わってない。
真奈ともう一度会える日まで、一緒に頑張っていこうぜ。
唯花が一緒じゃないと、修学旅行もつまんねぇからさ。
一緒にまた舞台演劇しようぜ。唯花が式見先生役をやってくれないと、様にならないからさ。俺からも頼むよ。
唯花の姿、みんなにも見せてあげて欲しいんだ。
そして、安心させてやって欲しいんだ」
俺は、俺に伝えられることを全部、唯花にぶつけた。
唯花は俺と目を合わせることは出来なかったけど、言葉を噛みしめて、ゆっくりと頷いた。
「唯花、ケーキ一緒に食べよう。
お腹空いてるだろ? これを食べたら元気になれるさ」
達也がそう言ってケーキをケースから取り出して、切り分けられたケーキをお皿に載せて唯花に手渡した。
唯花は泣きながら、震える手でケーキに手を伸ばしてお皿を掴み、フォークを震わせながらも丁寧に一口大にして口に含んだ。
「……甘いね、ちょっと塩辛いけど。美味しい」
「それは、涙の味が濃すぎるからだよ」
俺は唯花が一生懸命にケーキを食べる姿を見ながら微笑みかけて、自分もケーキを一緒に食べた。
真奈の気持ちも、舞の気持ちもちゃんと唯花に届けることが出来た。
それだけで、俺は感無量となって、久々に訪れた三人の時間を大切に想いながら、最後まで過ごした。
唯花はきっと、一緒に修学旅行に来てくれる、俺も達也もそれを信じることにした。
それが、みんなの一番の願いだったから。
帰り際、もう一度ベッドに座る唯花の姿を確認するように見た。
真奈から預かったキャンパス帳を大切そうに胸に抱き抱えながら、瞳を潤ませながらも目をしっかり開き、その表情が優しく微笑んでいるのが印象的に映り、俺は有名な絵画のようなこの光景を目に焼き付けた。




