第十話「この手を離さないで」1
夕方まで続いた合同誕生日パーティーはお開きとなり、俺と達也は真奈を連れて店の外に出た。この後は真奈を家に帰した後で達也と共に唯花のところに行き、ケーキとキャンパス帳を渡す予定だ。
「―――先輩っっっ!!!!」
後片付けを続けているはずの舞が慌てた様子で外に飛び出して来た、相変わらず露出度の高い”ファミリア”の制服に身を包んだままの姿だった。
「舞、落ち着け、唯花の事だろう?」
俺たちは慌てた様子を目撃し反射的に舞の方に向き直った。そして息を切らした様子の舞の気持ちを察して歩みを止め、俺は言葉を掛けた。
「はい、それはそうなんですけど」
舞は乱れた呼吸を整えながら答えた。
人を想うあまり、その影響が自分にも出やすい、それが舞だった。
「水原、大丈夫だよ。浩二だけじゃ心配だろうから僕も付いて行く。ケーキも真奈ちゃんの描いた絵もちゃんと渡してくるよ」
「はい、内藤君がいてくれるなら、それは心配してないんですけど……っ」
舞は達也のことを信頼している。
確かに、達也の真面目さと勤勉さは舞も良く知るところだった。
「俺一人だったら不安なのかよ……」
「それはそうだろう、真奈ちゃんだってそう思って僕も入れたんだろう。
それに、唯花のご両親にもお願いされて、今看病しに行っているのは僕の方だから……」
「その件は感謝してるよ」
俺と達也の会話を聞きながら、俺と達也の間にある信頼関係も感じ取ったのか段々と舞は落ち着きを取り戻していった。
「本当に、二人にはかなわないですね。
あたし、唯花先輩のために何も出来てない、それが悔しくって……悲しくって……虚しくなってきちゃうくらいで。
でも、分かってるんです、こんなに影響されやすくて、不安定なあたしだから、唯花先輩はあたしを頼ってはくれないんだろうって……本当はちゃんと分かってるんです」
瞳を潤ませながら発する感情的な舞の言葉だったが、今までよりも少し自分のことを理解し、落ち着いている様子だった。
「舞、適材適所だよ。舞は立派に”ファミリア”を守ってる。
唯花の大切な場所をずっと守ってるだろ? 唯花が休んでる間も、守ってるだろ? だから、自分を責めるのはやめろ、そんなことは唯花だって望んじゃいないよ」
舞に対して説教っぽいことは言うのは嫌だったが、それでも舞を説くために言葉を我慢はしなかった。
「”ファミリア”を守る……それがあたしに出来ること……」
確かめるように舞は言葉を反芻した、店の前の植木と同じように、もう舞は”ファミリア”の一部なのだと俺は思った。
”ファミリア”の扉の先にいつも舞が待っている。
そのことが唯花にとって救いになる日が来ると、俺は舞のためにも信じた。
「そういうことだ、俺たちはこうして協力し合ってる。
だから、舞には信じて待っていて欲しいんだよ」
俺が優しく声を掛けると、夕焼け空の日差しを浴びながら我慢しきれずに舞の涙は止めどなく零れ落ちていった。
「―――せんぱい、ありがとうございます。あたし、待ってますから、唯花先輩が帰ってくるのを、”ファミリア”で信じて待ってますから。
だから、お願いします、唯花先輩を救ってください。
今だって、悔しいけど唯花先輩にとって必要なのは二人だって分かってますからっっ!!」
気付けば舞は俺の胸の中で泣いていて、その託された想いは涙となって俺の胸の奥に沁み込んでいった。素直になった舞は、本当に後輩のようで、感情的なところは変わらないけど泣き虫で、誰よりも良い奴だった。
同い年とは思えない心の弱さを見せた舞は、しばらくして俺の身体から離れると、瞳を充血させたまま”ファミリア”の中へと走り去っていった。
「―――人が安心して眠るためには」
達也がセリフのように呟いていた。
唯花を立ち直らせるための決意を、達也は静かに立てているようだった。
「舞のためにも、元の唯花に戻ってもらわないとな」
そう言って真奈の手を引き歩き出した俺に達也が付いてくる。
「マナも信じるよ、みんなおねえちゃんのことがだいすきだもん」
責任の所在がどこにあるかと言えば、俺になるだろうが、今更そのことを責めることは達也もしなかった。
賑やかな一日が終わっていく、その前に俺と達也には大きな使命が残っていいた。




