第九話「Unibirth」6
集めようとしたメンバーも勢ぞろいし、カルパッチョから始まったコース料理にも各自舌鼓を打った後、豪勢なケーキが現れた。
「いや……ウェディングケーキじゃないんだから、これはやりすぎだろっ!」
パーティーにはふさわしいが、あまりにやり過ぎな何段重ねにもなったケーキが厨房から出現して、俺は思わず言葉を発した後に戸惑ってしまったのだった。
知枝に至っては両手を口にやって絶句してしまっている様子だった。
「凄いのぉ!! イチゴがいっぱいで、おっきいねっ!!」
真奈は豪勢なケーキを前にして両手を開き大はしゃぎだった。
舞を中心とした”ファミリア”スタッフによってケーキは切り分けられ、各自に配られた。真奈は口に生クリームを付けながら、イチゴの載ったショートケーキの味に満足した様子で、テーブル席で満面の笑みを浮かべていた。
「ちえもおにぃも一緒にケーキを食べさせ合うですよっ!」
その場の空気がそうさせてくれたのだろう、フォークを使って真奈にケーキを知枝と共に食べさせてあげていると、何故か真奈の言動に流される形で俺と知枝も一緒にケーキを食べさせ合う流れに発展した。
ケーキを食べさせ合うというのは男女がノリでするには無理のある大胆な行為であり、知り合いしかいないとはいえ公衆の面前で恥ずかしい仕打ちを受ける結果となった。
これは……真奈なりに俺たちを仲直りさせようとしてくれているんだろう、目の前にある知枝の様子を見ていると、恥ずかしさは知枝自身も感じているようで、頬を赤らめていた。
しかし、恥ずかしい行為にも関わらず嫌がる様子なく、真奈の指示に従う形で、大胆にも俺にケーキを食べさせてくれた。
「……浩二君、美味しいかな?」
動揺しているのが傍目にも分かるくらいフォークが震えている知枝に俺は焦りつつも頷いた。
「それじゃあ、こんどはおにぃがちえに食べさせてあげるですよっ!」
俺もまた、真奈の指示に従う形でフォークで掴んだケーキを知枝の口へ持っていく。
「ほれ、食べるだろ、口開けてくれ……」
「うん、浩二君……」
妙に俺の名前を呼ぶ声が色っぽくて柄にもなく俺は緊張した。
目を外すことも出来ず、知枝のピンク色の唇がすぐ近くにあり、そのまま見つめ合うようにしていると、ゆっくりと知枝は口を開いた。
誘うように唾液が糸を引くのが視界に映りながら、赤い舌と白い歯が視界に映る中、口の中に向けて一口サイズのケーキをフォークに乗せてゆっくりと持っていく。
息をするのも躊躇われ、胸の鼓動が激しく波打つのを苦しく感じながら、俺は最後までやり遂げた。
これで仲直りできるのなら、安いものだと自分に信じ込ませて。
知枝が口を閉じて、瞳も閉じながら美味しそうにケーキを飲み込んで、瞳を開いてハニカム姿を間近に見ながら、俺は心の中で唯花の姿が不意に浮かんだ。
俺は……唯花にも笑って欲しかったのだと思う。だから、この状況を幸せに感じてしまっている今だからこそ、遠い場所で苦しんでいる唯花の姿が頭の中で浮かんでしまったのだった。
予想外にも罰ゲームのようなパーティーらしい行為をして、知枝との関係にも変化が起き、徐々にお開きモードに変わり始めた頃、真奈はケーキの載ったお皿を俺に見せて、唐突に口を開いた。
「おにぃ、これをお姉ちゃんに渡してほしいのです。きっと、喜んでくれるはずなのですよ。
お姉ちゃんはここのケーキが大好きですから、きっと笑顔を取り戻して、元気になってくれるのです、それと、これも一緒に渡してほしいであります!」
真奈は唯花に誕生日パーティーに来て欲しかったのだと、そう心底感じさせてくれる言葉だった。
「―――これは」
真奈がパッと明るい笑顔で俺と達也の前に差し出したのは、学校などで使っているキャンパス帳に描かれた一枚の絵だった。
そこに描かれた三人の似顔絵。
中央に笑顔の真奈が、両横には真奈に寄り添うように浩二と唯花の姿がクレヨンで丁寧に描かれている。
”それは、つい二か月前、桜の木の下で撮影した三人の姿そのものだった”
俺自身も真奈の入学式だったあの日の出来事は思い出深いものとして記憶に残っていて、写真も家に飾っていた。
始まりを感じさせてくれるような桜の舞う光景。
それは、年々成長を続ける真奈の制服姿と一緒に記憶の中でずっと生き続けている。
「真奈が自分で描いたのか?」
俺はここに来れなかった唯花の気持ちをこっそり考えていたこともあり、心が震える衝動を抑えながら真奈に聞いた。
「うん、お姉ちゃんが喜んでくれたらいいなって、これを見て元気になってほしいなって思って、がんばって描いたの! 」
健気にも唯花を想い描いてくれた一枚の絵、そこに込められた愛情の大きさを実感して、俺は胸が熱くなった。
「そうか、ありがとな。絶対、唯花に渡すよ」
「うん、ありがとなの。たつにぃとおにぃでわたしてねっ!!」
俺は真奈の頭を撫でながら、大切に真奈の描いた絵を預かった。
「浩二、唯花に渡す前から泣いてどうする」
「泣いてなんて、あるわけがないだろっ」
そう達也に言いながら、俺はなんとか涙を服の袖で拭って誤魔化していたのだった。




