第八話「Lullaby of Birdland」4
昼休みの学食中、殺人鬼のように残忍で鋭い目つきをした舞に目をつけられ、放課後、体育館裏に来るように言われた俺は、恐れおののきながら、学食では隣に光もいることもあり断り切れず、仕方なく舞の怒りを鎮めるためにも不本意ながら体育館裏を訪れたのだった。
舞はいつだって俺に対して当たりが強い、遠慮がないと言ってもいい。
俺もそうだからおあいこと言って差し違いないが、今日の舞の相手は厄介そうだ。
カバンを持ち、帰り支度を万全に済ませ、いざとなれば全力で逃走を図る覚悟で体育館裏にやってくると、腕を組み、短いスカートで直立不動する舞の姿が眼前にあった。当然私服姿である。
今日はヘアバンドをしておでこを豪快に晒しているようで、いかにも戦闘準備が出来ていると俺の目から伺えた。
「言われた通り、ここに参りました」
堂々とするつもりが、敬語以上に低姿勢で不自然な言動になっていた。
今の俺にはカジュアルな服装ながら、舞が風紀を正そうとする風紀委員にすら見えた。
舞の相手は手馴れすぎているので、もう何が正常なのか判断が狂いまくっていた。
「先輩!! あたしが怒っている理由がわかりますか?」
「いや、全く……」
人気がないことをいいことに舞は大声を上げた。
俺が舞の質問に即答すると、一気に険悪なムードが漂い、舞は眉をひそめていた。
俺はその姿に番犬を前に子犬のような心境で全く身に覚えがないことを伝えたのだった。
「ふざけたことを言ったら、ボコボコにしますけど、よろしいですよね? 先輩?」
「……サンドバッグじゃねぇから、割れ物注意でお願いします」
恐ろしいことに、最近舞は空手に凝っているらしい、そんなことを光から耳にしていた。
俺相手限定で気の短い舞が格闘技に目覚めてしまったら、俺の命は簡単に刈り取られてしまうだろう。
高校に入ってから”ファミリア”にアルバイトに行ってる関係で身体は鍛えていないはずの舞だが、それでも俺の本気で舞を止められるかはやってみなければ分からないのが現実だった。つまり、争いたくはない相手ということだ。
「はぁ……今日は真面目な話をしに来たので、おふざけなしでお願いします」
「いつもふざけてはいない、それに舞と話すときはいつも真剣だ」
俺は一瞬のうちに肉片にされる危機の中、目をそらさず答えた。
「嘘つきかつ自己矛盾ですよ、実際そうやって変な言動してる相手、あたしに対してだけでしょ? 気付いてないか存じませんが知ってますよ」
会話のドッチボールを続ける度に、舞の怒りのボルテージがうなぎ登りに上昇しているのが、その声色から感じられた。
「そうか、とりあえず落ち着いて話そう、そうすれば暴力沙汰にはならないで済むだろう」
俺はオコリザルを鎮めるが如く、舞と距離を取った。
「落ち着いていられない話題なんですよ、今日は。先輩はお気づきになっていないようですが、言い逃れはなしでお願いします。
唯花先輩についてです、先輩が一番詳しいでしょうから、全部洗いざらい話していただきますよ」
まるで罪人を前にしたような言動で俺の逃げ道を封じようとする舞。
舞の行動原理からして唯花の話題を俺に振ってくることは想定出来ていたが、つい冗談で逃げたくなってしまうのが長年の付き合いから来る性分というものだ。
しかし、嘘800を言って唯花に余計な迷惑を掛けたくはないし、ここの対応は重要な局面だ。
「迷っていないで早く回答願えますか? こちらから手持ちの情報を開示しても結構ですけど」
相変わらずの強気な態度で押し迫り、手を伸ばせば直接攻撃できる距離までじりじりと接近をしてくる舞、俺の背後はもう体育館の壁で退路はなかった。
ここで鉄拳は食らいたくない……だが、もうこの命が刈り取られるまで残された時間は多くなかった。
「だんまりですか、そうですか……では言います。
唯花先輩、今日も学園を休んでいますね、二日連続です、入学以来初です。
先輩!! 一体どういうことですか?!
唯花先輩が活動休止って、何か知ってるんですよね?! ちゃんと話してください!!
二人とも連絡しても出ないし……あたしこんなに心配してるのに……」
こいつは唯花のストーカーか何かかよ一言言ってやりたくなったが、舞が本気で心配しているのは存じているので、その気持ちを無碍にするのも悪いと思った。
「―――唯花は体調不良なんだ、しばらくそっとしておいてあげてくれないか?
いずれ、体調もモチベーションも戻れば、活動再開への見通しも立てるだろう。この件に関して、周りが騒ぐようなことじゃない、それだけだよ」
肝心なことは何も言えなかった気がするが、正論を込めて俺は舞に回答した。
「正論を聞きたくて先輩を呼び出したんじゃないですよ……先輩、何か唯花先輩にしたんじゃないですか? 秘密にしてること、あるんじゃないですか?」
感情的だった舞は蚊帳の外にされているように感じたのか、唐突に大人しくなって、寂しそうにしながら聞いてきた。
「秘密にしてることくらいある、唯花の気持ちを考えてな。
だから、唯花が弱ってる時に追及してくるな」
俺が仕方なく突っぱねたことを言うと、その場で舞は身体から力が抜けて膝を付いて泣き出してしまった。
「酷いです……あたし、心配で心配でたまらなくて、唯花先輩にお節介焼くのは先輩だって同じじゃないですか……なのに、あたしの心配は余計な事だって言うんですか? だから、連絡しても、何も話してくれないんですか?!」
だから話したくなかったんだ、と、舞の弱音だらけの泣き言を聞きながら俺は思った。
「俺も唯花に出来ることは考える、今だって考えてる。舞にも協力して欲しいことが見つかれば、また声を掛けるよ。これでいいか?」
俺は舞が泣き止んでくれるようにと、10年分の優しさを込めていった。
「仕方……ないですね、せんぱいのこと、しんじてますから……。
唯花先輩、ちゃんと生きてるんですよね、元気とは言えなくても、病気になって入院してるとかじゃないですよね?」
「あぁ、家でゆっくりしてるよ。ちょっと精神的に参ってるけど、変なストーカーに追い回されたりもしてないしな」
「そんな奴がいたら、地獄に落としてやりますよ……。良かったです……しんぱいなのはしんぱいですけど、せんぱいが唯花先輩のそばにいてくれるなら、しんじますから」
涙声で聞き取りづらかったが舞は納得したようで、泣き出した舞が泣き止むのは時間がかかりそうだと思い、俺はこの場を去ることにした。
「そういえば、唯花が活動休止する話はニュースで知ったんだ。
俺だって驚いたさ、それだけ、じゃあな」
振り返ることなく俺は体育館裏から立ち去ろうと歩き出すが、舞から制止の言葉はなかった。
結局俺は、唯花から誘われて秘密のライブをしてもらったことも、その時に真奈が倒れて唯花がショックを受けたことも、真奈に言われてビルの屋上で自殺しようとしていた唯花を助けようとして好きだと告白をされたことも、全部、重要なことはどれも舞に告げることはなかった。
たぶん、このいずれかを言ってしまったら、舞の本気のローキックか鉄拳を受けることになっただろう。
俺がそばにいたら余計唯花が傷つくこともあるのだが、そのことも言えるはずがない。真実は告げないに限る、相手が舞に限ってはだが。
振り返ることなく俺は学園を出て、帰り道に唯花のことを考えた。
もうすぐ修学旅行、その日までに唯花には元気を取り戻して帰って来てほしいと思っている。
唯花は責任感の強いやつだから、式見先生役を演じるために修学旅行には同行してくれる、そういう風になんとか持っていけないかと考えていたのだ。
もちろん虫のいいことを考えているのは確かだが、唯花が元気でいてくれないと困る人が大勢いることも俺は知っている。
だから、自分のためだけでなく、周りの人たちのためにも、俺は唯花に戻って来てほしいと心から思った。




