第八話「Lullaby of Birdland」1
翌日、天海聖華が療養期間に入ったことが至る所のニュースサイトで報じられていて、俺は世間的な話題としても唯花の存在の大きさを目の当たりにすることになった。
本当の事情を知っている人はごく少数とはいえ、こうして報道が大々的にされてしまうのは恐ろしいものだった。
ニュース記事の多くは天海聖華の活動休止として大きな見出しになっていて、見るたびにその無責任さは俺を苛立たせた。
このまま詳細が明かされないまま報道が過熱すれば様々な憶測が蔓延していくことになる、そうしたゴシップ的話題作りはいつの時代になってもなくなることはない。結局、娯楽程度に過ぎないのだ、多くの民衆にとっては。
今朝になって公開された公式サイトの記事を確認して、バーチャルアイドル天海聖華としての唯花のメッセージに目を通したのち、俺は真奈と共に樋坂家を後にし学園へと向かった。
「おねえちゃん、アイドルやめちゃうのかな……おうた、聞けなくなっちゃうのかな……」
手を繋いでいる真奈が悲し気に呟いた。本当に唯花のことを心配しているのだろう。
「そんなはずないって、毎日頑張ってきたんだから。きっと復帰してまたいつもの笑顔を見せてくれるよ」
真奈のためにも、唯花はきっとまた立ち上がってくれると俺は信じた。
でも、言葉とは裏腹に俺の中ではそう簡単なことではないと分かっていた。
身体の問題だけではなく、心の問題は単純にはいかない、今までが頑張りすぎていたくらいだから。一度立ち止まってしまうと、なかなかもう一度モチベーションを取り戻して同じようにとはいかない。
ゆっくりでも、前に進んでいってくれるといいが、部屋に閉じ籠ってしまった唯花が自分を取り戻すには時間も必要だと思っている。
「おにいちゃん、マナにもできること、あるよね?
マナ、おねえちゃんには元気になってほしいよ」
「うん、今はまだ唯花もゆっくり心を休めるのも大事だから。
真奈は真奈に出来ることやっていこう、俺も唯花のことは応援してる」
優しく真奈の頭を撫でてやると、真奈は頬を赤らめながら頷いた。
*
真奈を学校近くまで見送ってモノレールの駅まで到着すると、いつものように眼鏡を掛けた達也がテキストを片手に待っていた。
連日の唯花の欠席もあって、達也も思うところがあったのだろう、モノレールの車内でしばらく黙っていたが、ついに口を開いた。
「唯花は今日も体調不良で休みか?」
モノレールの車内は座席が乗客でいっぱいで互いに手すりを握りながら達也はその長身の身体で横目でこちらを見ながら言った。
真剣な表情で言う達也のことを思い、迂闊なことを言える状況ではないと俺は即座に判断した。
「そうみたいだな、最近は疲労が溜まっていたんじゃないか?」
あまり気の利いた言葉が浮かばず、結局ありきたりな言葉になっていた。
達也は基本的に個人の事情に口を出すタイプではない。普段から白衣を身に着け、医者の卵としての振る舞いに慣れている。それに、自発的にその社会的な責任も一緒に負っているからこそ、そうさせていると考えられるが、それは理由の一つに過ぎないと俺は思っている。
そもそも達也は感情の浮き沈みがあまりない、傍目には表情から思考が読めないタイプともいえる。
しかし、冷静沈着な達也は、頭が良く人の感情を読み取るのも上手いので、相手をよく気遣って接しているというのは長い付き合いから俺は感じていた。
それに、患者に対してであれば形式的な接し方で済ませられるようだが、それが真奈や唯花や俺のような親しい間柄に対してはより様々な感情が頭の中を巡っていると考えられる。
以上の分析からして、だから、より達也は唯花のことに慎重になるのだ。
簡単に結論を出さずに、答えを導きだそうとするのだ。
「―――この前、真奈が入院することになった日、唯花はライブ衣装を着ていたな。浩二はずっとあの日一緒にいたのだろう? 無理をしていたのではないのか?」
達也は俺に聞きたいことはもっと山ほどあっただろうが、言葉を選んでそう質問した。
俺は即答せずによく返答が考えた。
唯花に口止めされているから、今のアイドル活動の事には触れられない、達也は……俺や真奈と違い天海聖華であることも知らなければ、昨日今日、療養期間に入ったことも知らないのだ。
いや、知らないことになっていると考えた方が賢明なのかもしれない、唯花から口止めされているといっても、まだ子どもの真奈がどこかで本当のことを言ってしまっているかもしれない、達也なら、たとえそれを聞いていても、聞いていないフリを続けているかもしれないのだ。
達也の質問からはこれらのことについで、言及しないようにしているようにも感じられた。
俺は申し訳ない気持ちもあったが、唯花の心情に配慮して回答することにした。
「そうだな……ライブは張り切ってたし、ライブ中に真奈が倒れて、張り詰めていた感情の糸が切れたみたいだった。無理をしていたのかもしれない」
俺の言葉はそこで終わった、それ以上言葉を続けることが出来なかった。
「そうか、なら、見舞いに寄っても問題ないな?」
達也は最初からそれを言いたかったのかもしれない、唯花のことを大切に想う達也だからこそ。
でも律儀だから、俺の許可を欲していたのだ。本気になったら遠慮なんてしないのに、きっと心の内側では俺のことを責めているのだろう、俺はそう思った。
「達也が決めればいい、その必要があるかどうか。
唯花は、ずっと部屋で籠ってるよ」
俺が達也のために言えることはこれが限界だった。
あの屋上で唯花が言った言葉、俺への告白を含めて、達也に打ち明けることは俺にはとてもできなかった。
こうして隠し事ばかりしていると、親友なのか幼馴染なのか、そんな風に言えるのか分からなかったが、知枝への謝罪も考えなければならない俺は、これ以上話を大きくする勇気は今のところなかった。




