第三話「遥かな旅のはじまり」1
唯花と試験後にライブハウスに行く約束をした日の夜、浩二は夢を見た。
もう過去となって懐かしい4年前の記憶。
モノクロに包まれた葬儀の時に見た現実感のない情景。
線香の臭いがきつかったこと、喪服を着て沢山の訪れた他人の姿。
小さな真奈の身体を胸に抱きかかえ、俯いていた長く苦しい時間。
真奈が泣く度に、泣きたいのは自分の方だと思いながら、グッと歯を食いしばって世話をしたこと。
あの時は真奈を抱えて必死に両親がもう帰ってこないことを受け入れようとしていた。
俺は……失ってしまった、帰って来なくなってしまった両親への悲しみと、自分が守らなければならない、まだ赤ん坊に近い真奈を背負う重圧に苦しんでいた。
声も上手に出なくて、泣くことも許されなかった。ずっと封印しようとしてきた、不甲斐ない自分ばかりを見せていた灰色の記憶。
「最悪の朝だ……」
浩二は眠りから覚め、目を擦り、身体を起こしながら力なく呟いた。
*
朝支度を済ませ、真奈を小学校の近くまで送り、駅で待つ達也と浩二は合流を果たした。中間試験があるというのに、この日の唯花は用事があるようで一足先に学園へと向かい、登校は達也と二人きりになった。
「今日の朝は4年前の葬儀の時の夢を見て最悪だったよ……」
浩二は前傾姿勢で覇気のないまま達也に今日の夢のことを話した。
あんな記憶を見てしまったのは知枝があの場にいたことを教えられたからかもしれないと浩二は思った。
「そうか……あの頃は大変だったな。あの日、僕は唯花の看病を手伝っていたから行けなかったが」
達也はあの頃のことをよく覚えていた。
当事者ではない分、適度な距離感で俯瞰して見られていたからだろう。浩二以上に達也は重要な出来事として一つ一つのことを覚えているのだった。
「そうだったっけ……よく覚えてないな」
「何を言ってる、葬儀の段取りはほとんど唯花の両親にやってもらっただろう。
だから、僕は忙しい唯花の両親の代わりに唯花の看病を率先してするように動いてたんだぞ」
達也の言葉に改めて浩二は考えたが大変お世話になったのは思い出せても、はっきりとあの日のことを思い出せるものではなかった。
「俺さ……あの時納得いってなかったんだ。
父親と母親の骨が自分の家に返還されてもいないのに、葬儀を執り行うなんて、納得できなかったんだ。
だから、捻くれて、いじけていたんだと思う」
葬儀をしなければいけない理由や事情を言われても。正確に自分で納得できない自分がいたことを浩二は思い出した。
「仕方のないことだ。浩二の気持ちだって正しい、誰もあの火災事故の件に納得なんてしてないさ」
「達也もか?」
「ああ、当然だろう?」
既に四年の月日が経ってしまった。
それでも、達也の納得していないという言葉が、浩二は自分と同じ意識を持つ相手として達也のことが映り、胸が熱くなった。
「そうだよな……まだ何も終わってなんかいないよな。
だって、俺だけの問題じゃない、まだ帰って来れていない人だっているんだから」
犠牲者全員の遺骨が火災事故が発生した香港から返還されていない以上、声を上げないのはおかしいと今も浩二は思っているのだった。
返還されない事情は憶測も多いが、火災事故がテロによる犯行である可能性が長く言われてきたからだと考えられている。
とはいえ、現場の処理をしたのは向こうの政府や警察であり、日本が介入するのは難しく、時が経てば経つほどうやむやにされているのが現実だった。
「……事故か事件か、それさえも決着は付いていない。
事故から生還して日本に逃れてきた人が急死に至るケースもあった。
今思い返しても不可解な点は多いよ、あの頃は大変だったから、それを口にするのは避けてきたがな」
「そういえば……元市長の稗田黒江が亡くなった時は大きな報道がされたっけ」
「あれも、香港の火災事故の影響と囁かれていたからな」
プライベートジェットで帰国した稗田黒江が火災事故から数週間後に亡くなったニュースは大々的に報道された。
葬儀の中継も二人は当然見た覚えが残っているのだった。
浩二は話しながら知枝の言葉を思い返した。「自分は祖母の代わりに葬儀に来た」と、そういっていた。話しはしっかりと自分の記憶と繋がっていたのだと浩二は気付いた。
「そういえば、どうして唯花は真奈の面倒を親身に見るようになったんだっけ?」
浩二は昨日の唯花と会話していた時の情景を思い浮かべながら達也に聞いた。
「覚えてないのか……?」
達也は驚きを隠せない様子で浩二の表情を見つめながら質問に対して聞き返した。
「なんとなくでしかないんだ、記憶が。ただ、当たり前のようにいつも唯花がそばに付いてくれて、真奈の面倒を見てくれるようになって、気付いたら世話になりっぱなしだった」
浩二の説明とも言えない言葉に達也「はぁ……」と大きくため息を吐いた。達也はちゃんと正確に事情を把握していたが、浩二はそうではないと分かり、呆れてしまっていた。
「唯花だって何の理由もなしに尽くしたりしない、ましてや大変な赤ん坊の世話を引き受けて、そこまでお人好しではない」
「分かっているよ、それくらい」
唯花はいつだって優しい、その当たり前のようにあった献身的な姿が見慣れたものになっていることで、いつからか麻痺していた。
そのことにようやく浩二はようやく気付いたのだった。
「いいよ、この際だ、説明してやるよ」
達也は自分にとっても大切な思い出でもあることから、説明することを控えたかったが、一度頭に上った感情を抑えることが出来ず、4年前のことを浩二に説明することにした。




