乙女ゲーキング!
(姉の部屋)
弟:姉ちゃーん! 学校遅刻するぞ! 早く起きなって!
姉:んんー……
弟:まったく……あれ? パソコンつけっぱなしじゃん。まったく、節電しろって言ってるのに……
二次元男子:おめでとうございまーす!
弟:うわ、びっくりした。
二次元男子:おめでとうございます、鈴木アケミさま!
弟:へぇ……最近の乙女ゲーって名前まで呼んでくるんだ。
二次元男子:鈴木アケミさま! あなたは見事! 今年の乙女ゲーキングに選ばれました!
弟:乙女ゲーキング?
二次元男子:ご存知かと思いますがっ! 乙女ゲーキングとは、その年で最も多く、長く、そして熱く乙女ゲーをプレイしたものに与えられる栄誉ある称号です!
弟:どこが栄誉だよ。要するに日本一のダメ人間ってことじゃん。
二次元男子:さぁ賞品をどうぞ! それでは、よりよい乙女ゲーライフをお楽しみください! さようならー!
弟:……あ。勝手に電源切れちゃった。何だこれ? 姉ちゃん、何が楽しくてこんなゲームやってるんだろ。
姉:んんー……ああーっ! ちょっと、ヨシオ! 勝手にパソコン切らないでよ!
弟:し、知らねえよ! パソコンの中で変な男が勝手にしゃべりだして勝手に切れたんだよ!
姉:ああ、もう! ちゃんとメニューから終了した!? もし壊れたりしたら、私の今までの三桁におよぶ乙女ゲーのセーブデータが……!
弟:って、そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 学校学校!
(通学路)
姉:ふわ、ねむ……
弟:しゃきっとしろよ! どうせまた徹夜で乙女ゲーやってたんだろ?
姉:うん。
弟:1ミリも恥ずかしがったりしないんだな……
姉:恥ずかしい? なんで?
弟:姉ちゃん……はぁ……もういい。さすが乙女ゲーキングに選ばれるだけはあるな。
姉:乙女ゲーキング?
弟:ほら。今朝姉ちゃんがやってたゲームが言ってたんだよ。姉ちゃんが乙女ゲーキングに選ばれたとか何とか。
姉:……は?
弟:ん? どうした?
姉:私……そんなゲーム持ってない。
弟:はあ?
ツンデレ男子:どけどけー! うわあっ!
弟:痛っ!
ツンデレ男子:いってー! おい! どこ見て歩いてるんだよ!
弟:い、いや、ぶつかってきたのはお前のほうから……
ツンデレ男子:って、やべぇ、時間! 今度から気をつけろよな! あーもう、遅刻遅刻―!
弟:な、なんだよ、あいつ!
姉:ヨシオ! そんなことより乙女ゲーキングって本当? マジで乙女ゲーキングって言ってた?
弟:姉ちゃん……朝っぱらから外で乙女ゲー乙女ゲー騒ぐなよ。
姉:いいから! 本当に? 私が今年のキングに選ばれたって、そう言ってたの!?
弟:あ、うん、言ってたけど……。
姉:よっしゃあ! やったあああああ!
弟:喜びすぎだろ……どんなゲームをクリアしたんだか知らないけど……
姉:違うの! これ、ゲームの話じゃないのよ!
弟:え?
姉:乙女ゲープレイヤーに伝わる都市伝説がある。それがキング……『乙女ゲーキング』よ。一年のうちで最も多く、長く、熱く乙女ゲーをプレイした者に贈られる称号。
弟:で? それに選ばれると何があるんだ? 犯罪者予備軍として刑務所入りとか?
姉:……乙女ゲー体質になれる。
弟:乙女ゲー体質?
気弱男子:はわわわわっ! どいてくださーい! ひゃあっ!
弟:痛っ!
気弱男子:いたた……ああっ、ごめんなさいごめんなさい!
弟:ちょっ、落ち着けって、あんたが謝ってるの電信柱だぞ。
気弱男子:ええっ? あれっ? えーと、メガネメガネ……
弟:ほら、メガネ。そこに落ちてた。
気弱男子:ひゃあ! 重ね重ねすみません! メガネがないとボク、なにも見えなくて……ごめんなさい、ぶつかってしまって。
弟:あ、うん、いいんだけど……
気弱男子:本当に、ごめんなさい……って、ああ! 時間! それじゃ失礼します!
弟:うーん、なんだったんだか……あ、で、姉ちゃん、何の話だっけ?
姉:乙女ゲー体質……
弟:そうそう、それ。それって何なんだ?
姉:まさか……ヨシオが……?
弟:ちょっ、ちょっと、姉ちゃん? どうしたんだ?
姉:乙女ゲー体質……それは乙女ゲープレイヤー全員が求める境地。運命はねじ曲げられ、あらゆるタイプの男子を引き寄せる。
姉:どこでも、どんなときでも、男子に出会うべくして出会い、好感度は上がるべくして上がるという……まさに伝説の体質……。
弟:姉ちゃん……俺はもう姉ちゃんの趣味には何も言わない。言っても無駄だって分かってるし。でも、現実と妄想の境界が分からなくなったら、人間おしまいだぞ?
姉:妄想じゃないって! 本当にあるのよ! 現にヨシオ、二回も男子とぶつかったじゃない!
弟:いや、通学途中で男子とぶつかるくらい、そんなに珍しくもないだろ?
姉:それが珍しくなかったら日本中の不登校問題は解決してるよ!
弟:そんな大げさな……
姉:くそっ! 本当なら私が受け取るはずだったのに! なんでヨシオがもらっちゃうのよ!
弟:何? 俺がもらうって、何を……
俺様男子:どけどけいっ! ぐわあっ!
弟:痛っ!
俺様男子:ちっ、俺様の通る道をふさぐな! この下民が!
弟:な、なんだと、てめえ……!
俺様男子:ああ、やかましい。ほれ、慰謝料の百万円だ、これで文句はないだろ。
弟:え……ええっ?!
俺様男子:俺様は急いでいるんだ! じゃあな!
弟:ちょっ、ちょっと待て! ええ……なんなんだ、あいつ……
姉:ほらね? これが乙女ゲー体質。乙女ゲーみたいなことがどんどん起きるのよ。
弟:そ、そんな非現実的な話あるわけが……
姉:ぽんと百万円もらっておいて非現実的とか言うの?
弟:そ、それは確かにそうだけど……どうしよう、このお金。
姉:あの男に返すべきね。
弟:やっぱりそう思う?
姉:うん。そのお金を返せばさっきの俺様男子は驚き、人の価値基準はお金が全てではないことを知り、「おもしれー男」って言ってヨシオに興味を引かれる。
姉:で、いろいろ高価なプレゼントを贈ってくるんだけど、ヨシオは全然なびかなくて「そんな親の金で買ったものなんていらない!」みたいなことを言うわけよ。
姉:そのあとムキになった彼は「じゃあ自分の力で稼いでやるよ」ってハンバーガーショップでバイトしてめちゃくちゃ苦労するんだけど、どうにか五千円稼いで、
姉:その五千円でアクセサリー買って「でも、こんな安物贈ったところで……」って不安に思うけど、
姉:ヨシオは自分のために頑張ってくれたということですごく喜んで笑顔になって、つられて彼も一緒に笑顔になるっていう……! 尊いっ!
弟:俺、真剣な話をしてるんだけど?!
姉:私だって、いま人生で一番真剣にしゃべってたよッ!
弟:こんなお金、俺だって返したいけど……でも、どこの誰かも分からないのに。
姉:それは大丈夫。絶対すぐにまた会える。
弟:なんで言い切れるんだ?
姉:まぁ……学校に行けば分かると思うよ。
弟:(M)そして、一時間後。俺は自分の教室を飛び出し、姉の教室へ飛び込んだ。
弟:ね、姉ちゃん!
姉:やっぱり、いた?
弟:いたよ! 三人とも! 三人ともたまたま同じ日にたまたま同じ学校に転校してきて、たまたま同じクラスに配属されて、
弟:たまたまあいていた俺の席の右と左と前に座ることになったんだよ!
姉:どう? これでさすがに信じたでしょ?
弟:……くっ。さすがにここまでありえない出来事が重なったらな……
姉:あーあ。三人の美少年転校生に囲まれる学園生活かー。くそっ、うらやましい……!
弟:姉ちゃん……今までずっとこんなゲームを楽しそうにやってたわけ? 朝っぱらから三人とぶつかって、それが全員同じクラスの転入生? 馬鹿じゃねえの?
姉:いや、さすがに三人転入生ってのは乙女ゲーにもないよ? この次はもっとポジションを分担してくると思う。先輩とか後輩とか教師とか。
弟:はああっ!? まさかもっと出てくるっていうのか!? もう三人もいるのに?!
姉:三人で済むわけないでしょ。少なくともあと五人は出てくるわよ。
弟:ぐっ……とりあえず、ちょっと保健室で休んでくる……
姉:保健室?
弟:ああ、どうせいま授業受けても頭入らないし。
姉:保健室か……いいけど、気をつけなさいよ。
弟:はぁ? 保健室で何を気をつけることが……気をつけることが……あるんだな!? 乙女ゲーの保健室では!
姉:そうね……普通なら、エロい保険医がエッチな身体検査で無理やり服を脱がせてくるか、
姉:またはあんたが保健室のベッドで寝てたら、授業さぼりにきたボンヤリ系天然男子が寝ぼけてあんたの隣に潜り込んでくるか。そんな感じね。
弟:何なんだ、乙女ゲー世界の学校ってのは! 学校来たなら勉強しろよ!
姉:でもそのボンヤリ系天然男子はIQ300で全国模試一位なのよ?
弟:知るか! はぁ……俺、帰る。
姉:え、帰るの?
弟:今のこの学校にいても学ぶことは何もねえし。先生に適当に頭が痛いとか言ってくる。
姉:そっか。でも帰り道……。
弟:分かってるよ! 何だ? 帰り道には何が出てくるんだ? 裸の男が抱きついてくるとか?
姉:いや、そんなあからさまなのはないよ。
弟:エロい保険医とか同じベッドとかも充分あからさまだと思うけど……とにかく、ちゃんと教えてくれ。これ以上変な知り合いを増やしたくないんだ。
姉:わかった。えーと、知り合いを増やしたくないってことは、ゲームの逆を選ぶわけだから……
姉:とりあえず困ってる人がいても絶対に助けないで。道に迷ったとか空腹で動けないとか落し物とか探し物とか、全部無視して。
姉:あと人とは、ぶつかるないように。曲がり角だけじゃなくて上も注意ね。
姉:もしかしたら抜け忍として追われてる忍者とか、天界から追放された堕天使とか、
姉:ヴァンパイアハンターに撃ち落とされた銀髪オッドアイヴァンパイアハーフとかが落ちてくるかもしれないから。分かった?
弟:なんか……マジで頭、痛くなってきた……
(放課後)
姉:ふぅー、やっと学校終わった……ヨシオは大丈夫かな。ただいまー。
執事:おかえりなさいませ。
姉:……え?
執事:ああ、ご主人様の姉上さまですね? はじめまして。私、執事専門学校から来ました。この家が卒業試験会場に選ばれまして。これからご奉仕させていただきます。
姉:は、はぁ、どうも……うおおおお、ヨシオ!
弟:姉ちゃん! やっと帰ってきたか!
姉:ねえねえ、見た!? 執事さんよ、執事さん!
弟:わかってるよ! そんなことよりっ! 俺はもうたくさんなんだよ! 元に戻してくれ! この馬鹿げた体質を治してくれよ!
姉:いいじゃん、このままでも。ヨシオだって家事手伝わなくてもよくなるのよ?
弟:冗談じゃねえよ。あんな格好の男が家を出入りするなんて。ご近所に何て説明するんだよ?
姉:そのときは正直に、弟が乙女ゲー体質になりましたって答えるよ。
弟:姉ちゃん、それを他人に言ったらぶっ殺すからな!?
姉:わかったって……じゃあちょっとネットで調べるから待ってて。
弟:うん、頼む……あ、話は変わるけど、姉ちゃんって犬は好きだっけ?
姉:んー、普通だけど……なんで?
弟:さっき、帰り道に子犬が捨てられててさー。かわいそうだから拾ってきちゃって。よかったら家で飼いたいんだけど……えっ? どうしたんだ?
姉:ヨシオ……これ以上、変な知り合い増やしたくないって言ってたくせに、どうしてそう余計なことするのよ。
弟:は? だって、犬はいいだろ? ただの動物で、別に人間じゃないんだから……
子犬男子:ご主人さまあーっ!
弟:なああっ? だ、誰だ、お前! どっから入った!
子犬男子:何言ってるのさ! ご主人様が連れてきてくれたんだよ? ご主人様。さっきはボクを拾ってくれて本当にありがとうね!
子犬男子:くんくんっ! くぅーん、ご主人様、良いにおいぃー。
弟:ねっ、姉ちゃん!? なんなんだ、これ!?
姉:だから言ったでしょ……そりゃ犬を拾ったらこうなるよ、普通。
弟:犬を拾ってもこうならねーよ、普通!
執事:ご主人様! 先ほどの大声は一体……な、なんとっ! ご主人様が犬耳つけた男の子と抱き合っている! 何してるんですか、ご主人様! 不潔です!
弟:不潔とかエロいとか、お前らにだけは言われたくねーよ! とにかく二人とも部屋から出てけ!
執事:で、でもですね……ご主人様宛に宅急便が届いてるのですけど。
弟:宅急便? 何?
執事:とても大きな段ボール箱が一個です。どこだかの懸賞センターからの一等当選賞品だそうで。賞品名の欄には『美少年型アンドロイド』と……。
弟:風呂に沈めとけっ!
執事:ええっ!?
弟:姉ちゃん! わかっただろ!? このままじゃどんどん増え続ける! 早く解決策を調べてくれ!
姉:う、うん。じゃあ、ちょっと待ってて。
弟:早くしてね! これ以上、変なやつらが増えないうちに!
弟:そして、一時間後……
侍幽霊:拙者は侍……五百年前、主どの(あるじどの)をお守りすることができず、それが心残りで幽霊となりずっと現世をさまよいつづけていたのでござる。
侍幽霊:ずっと主どのの子孫を探し続け……そしてついに見つけたでござる! あなた様こそあのかたの子孫! これからはあなた様を新たな主どのとしてお守りし……!
弟:はい、ストップ。そこまで。続きはあとで聞くから。ほら、番号札35番。これ持って列に並べ。えーと……最後尾、34番はどこだー?
王子:余が34番であるぞよっ!
弟:あっそう。んじゃ、幽霊さん。あいつの後ろについとけ。順番になったら話聞くから。
王子:まっ、待ていっ! 幽霊だと!? 王族である余の背中に変なものをよこすでない!
弟:文句があるなら出てけよ。窓から無断で入ってきた不法侵入犯のくせに。
王子:く……っ! まったく、こんなことなら宮殿から家出なんてするのではなかったぞ!
弟:じゃあ、帰れよ……
王子:大体、茶の一つも出てこないなんて、どういうことであるか! 無礼者め!
弟:どっかに執事がいただろ。お茶はあいつに頼め。
マフィア:ぼっちゃん、それは無理っていうもんだぜ。
マフィア:あの執事さんは、陰陽師に追われ命からがら逃げのびたけどとうとうこの家の庭で力尽きてしまったという妖の少年のケガを看病中だからな。
弟:ああ、そうだったか……。
マフィア:それより早く俺とイタリアに来てほしいんだがね。ボスがあんたを自分の跡取りにって指名してる。
マフィア:早く跡取りが決まってくれねえと、他のマフィアとの抗争がますます激しく……
弟:あ~、はいはい。だから話は順番がきてから聞くって。
王子:おい! それで余の茶はどうなったのであるか!?
弟:こんな何十人もいるんだから、誰かお茶くらい入れられるだろ……
ロボット男子:マスター。ヨロシケレバ、私がお茶を入レマス。
弟:お、いいのか? じゃあ、お願い。ありがと。
ロボット男子:アリガトウ……感謝の言葉……目から水が……コレが涙……?
弟:……うん、何でもいいから。さっさと入れてきてくれ。あー、疲れた……
姉:お疲れ。
弟:もう一回聞くけど……姉ちゃん、こんなゲームを楽しそうにやってたわけ? 一時間、家にいるだけで、男が三十人以上押しかけてくるようなゲームを?
姉:言っとくけど、あんたは全国の乙女ゲープレイヤーが夢見る理想郷にいるんだからね?
弟:知らねえよ! だったら姉ちゃんに代わってやるよ!
姉:私だってめちゃくちゃ代わりたいよ!
弟:はぁ……で? 解決策は見つかったのか?
姉:うん。歴代の乙女ゲーキングの話を調べてみた。いい? これは、ゲームよ。
姉:確かに現実化してるけど、その基本は乙女ゲー。ゲームなの。クリアすることで終了する。
弟:乙女ゲーをクリア……って何をすればいいんだ? あいつらを全員ボコボコにやっつけるとか?
姉:何てこと言うの、あなたは。
姉:あの男性陣の中から誰か一人を選びなさい。そうすればエンディングとなり、乙女ゲー体質は消滅して、出てきた人たちもいなくなる。ヨシオが選んだ男一人をのぞいて。
弟:待って! その選んだ男はその後どうなるんだ?!
姉:そりゃ一生ヨシオのそばで幸せに暮らすのよ。乙女ゲーってそういうものでしょ。
弟:いやいやいや! そんなの冗談じゃないって! 誰も選ばないわけにはいかないのかよ!?
姉:うーん……一応そういうエンディングもある。誰とも結ばれない、いわゆるバッドエンド。
弟:ああ、俺、それでいいよ。そうすればこの状況も終わるんだな?
姉:いや、でもバッドエンドっていうのは……
魔王:勇者ぁぁーっ!
弟:うわあっ!
魔王:ふははははは! ようやく見つけたぞ、勇者よ! この魔王の顔、忘れたとは言わせぬぞ!
弟:あー、待って。今、大事な話をしてるとこだから。廊下で待っててくれるか?
魔王:待つだと? これ以上、待てるものか! 貴様に封印されて一億二千年間もこのときを待ち続けてきたのだからな!
弟:あのさ、説明するのも馬鹿馬鹿しいけど……一億二千年前は俺産まれてないぞ?
魔王:くくくっ……我は忘れぬぞ。貴様が何度生まれ変わろうとも、憎き貴様の魂の匂い、忘れるものか!
弟:わかったわかった……いろいろ話もあるんだろうけど、とにかく後にしてくれ。
魔王:本当に記憶がないのか? まぁ、いい。どちらにせよ、貴様を殺すことに変わりはないのだからな。わが宿敵よ、さらばだ……いでよ、灼熱魔王剣……!
姉:やめてっ!
魔王:うわっ! な、何をする、はなせ! このただの人間ふぜいが!
姉:ヨシオ! 早く逃げて! このままじゃバッドエンドよ!
弟:え、バッドエンドなら、それでいいんだけど。俺は誰も選びたくないし。
姉:何言ってるの! 死にたいのっ?
弟:し、死ぬって、そんな大げさな……。
姉:死ぬのよっ! 乙女ゲーで主人公が死ぬのは珍しくも何ともない! 最もよくあるバッドエンドの一つなの!
弟:は……はああっ!? だ、だって、乙女ゲーだろ!? 男子といちゃいちゃしたり壁ドンされたりする、そんな能天気なゲームなんだろ?
姉:いちゃいちゃしたり、壁ドンされたり、死んだりする! それが乙女ゲーなの!
弟:乙女ゲー、頭おかしいよ!
魔王:ええい、はなせ!
姉:きゃあああっ!
弟:姉ちゃん!
姉:ご、ごめん、ヨシオ……守りきれなくて……
弟:そんな! 謝らなくていいよ!
姉:そもそも私が乙女ゲーばっかしてたからこんなことになって、ごめん……
弟:そんな! ……いや、それは確かにちょっと謝ってほしいけど! しっかりしろ、姉ちゃん!
姉:ぐっ……(気絶)
弟:姉ちゃん!
魔王:くくく……、そう騒ぐでない。安心するがよい。すぐに二人とも地獄へと送ってやろうぞ。
弟:て、てめえ、よくも……っ!
弟:分かった……やってやるよ。どうしても決着をつけたいというのなら……。
弟:これだけは絶対にやりたくなかったけど……最後の手段だ!
弟:全員集合―っ! こいつを倒してくれたら、そいつを『選ぶ』ぞーっ!
執事:ええええっ!?
子犬男子:わんっ!?
王子:まことであるか!?
執事:ご、ご主人様! こいつを倒せば、恋人になってくれるのですか!?
ロボット男子:ターゲット確認。戦闘モードニ移行シマス。
マフィア:ふっ……俺の銃の腕はまだまだ錆びついちゃいねえぜ……!
王子:余だって幼少の頃から武術はたしなんでおる!
ツンデレ男子:べ、別にお前のために戦うわけじゃないんだからな!
侍幽霊:今こそ拙者の力を見せるときでござる! 水の呼吸 一の型……!
魔王:なっ……ちょっ、貴様ら、ちょっと待つがよい。さすがに数が多すぎ……ぬわあああ!
弟:うわ……ぼっこぼっこにされてる……ちょっとかわいそうになるな……って、そんな場合じゃない! 姉ちゃん! 大丈夫か、姉ちゃん!?
姉:うーん……
弟:よかった……気絶してるだけか……
弟:まったく……危ないことするなよ……
弟:でも……昔からそうだったよな。
弟:俺が困ってるときは、ちゃんといつだって助けにきてくれた……姉ちゃん……
執事:ご主人様! 片付けました!
弟:早っ! まだ1分もたってないのに!
執事:さぁ! これでご主人様は私のものです!
ツンデレ男子:べ、別にお前を助けるために倒したわけじゃないんだからな!
子犬男子:ボク、ご主人様のためにすっごく頑張ったよ! ほめてほめてー!
侍幽霊:拙者が主どのをお守りし、さらに恋仲になれるとは、これぞ武士の誉れ(ほまれ)……!
王子:貴様に余の第一妃となる栄誉をくれてやろう!
マフィア:俺みたいなおじさんが今さら恋人なんてちょいと照れるが……だが後悔はさせねえぜ、ぼっちゃん……!
弟:ちょっ、ちょっと待て! 俺は誰も選ぶつもりは……!
執事:は……? ご主人様……約束をやぶるつもりですか?
マフィア:ぼっちゃん……マフィアの世界じゃあ、約束をやぶったやつぁ死あるのみって決まってる……
侍幽霊:拙者の時代なら切腹でござるが……まさか主どのは拙者を裏切りませぬよな……?
ロボット男子:ピー。戦闘モードに移行シマス……
弟:待って待って! そうじゃなくて! えーと、だから、その……!
弟:(M)ああ、どうすりゃいいんだよ! 俺は誰も選ぶつもりないし、下手なこと言ったら今度は俺が袋叩きにされそうだし、頼みの綱の姉ちゃんは気絶したままだし……
弟:(M)姉ちゃん……
弟:(M)姉ちゃん……っ!
弟:わかった……ちゃんと選ぶ……
弟:俺が選ぶのは……。
弟:姉ちゃんだ!
執事:ええええっ!?
子犬男子:わんっ!?
王子:はあああああっ!?
執事:な、何を言ってるんですか、ご主人様! それはさすがにアウトですよ! おかしいです!
弟:分かってるよ、おかしいってのは! 姉ちゃんは実の姉だし、そうでなくても乙女ゲーオタクで、半分引きこもりで、どうしようもないやつだけど……
弟:でも、生まれた時からずっと好きだったんだ! 文句あるかっ!?
執事:……そ……そんな乙女ゲーみたいな……
弟:お前らが言うなあっ!
姉:うーん……ん?
弟:あー、姉ちゃん、起きた?
姉:え?
弟:ほら、早く準備しろって。学校に遅刻するぞ?
姉:え? えーと……あれ? 魔王は? あと他の男子たちも……
弟:はあ? 何の話?
姉:何って……だからヨシオが乙女ゲー体質になって、それでうちにたくさんの男が押しかけてきて……
弟:……はぁ。あのなぁ。どんな夢を見てたか知らないけど、夢と現実の区別がつかなくなったらおしまいだぞ?
姉:夢……? え、今までの全部……なんだー! 夢かぁー!
弟:どうしたの?
姉:いや、すごく変な夢を見ちゃってさー。ヨシオが乙女ゲー体質になって魔王とかいろんな男がうちに……
弟:あー待って待って。もう時間ないぞ。魔王とか執事さんとか犬耳男子の話は今度ゆっくり聞くから、早く準備しろって!
姉:あっ、やばい! もうこんな時間!
弟:まったく。乙女ゲーばっかりやってるから変な夢を見るんだよ。あーあ、姉ちゃんの将来が心配だ。そんなんで一人でやっていけんの?
姉:いやー、めんぼくない。
弟:まぁ……その時は俺が隣にいてやるから別にいいんだけど……
姉:え?
弟:なっ、何でもない! ほら! 早くしないと学校に遅刻するぞ! さっ、行こう、姉ちゃん!
(終わり)