第七話
ーー何を言っているの?
ーー入籍?結婚?
ーー私の冬夜が
ーー私の冬夜、私の冬夜、私の冬夜、私の冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜、冬夜・・・
意識が朦朧となり、身体が熱く燃えるのような錯覚を感じる。
「ねぇ、あの人ちょっとヤバくない」
「警備員呼んだ方が」
「えっ、はっ? 燃えてる、燃えてるって!」
「火!? おい火だ!」
「きゃああああああ」
ーー隣が騒いでいる、関係ない。 私の冬夜...誰にも...誰にも...渡さない
意識が薄れる。 身体が熱い。
「逃げろ! 早く逃げろって!」
「ば、化け物だ」
「押さないで」
「いやあああああ、早く出てよ!」
「火だ! 火が近くまで来てるって」
ーー奪わせない。 私のよ。 身体が熱い。 愛しているの。 あなたも私を愛してくれている。 冬夜。
女の周りを火が包む。彼女の感情と共に火は全てを燃やす。
ーーあァ、そこにいるのネ冬夜。 ワタシ、アツイノ。 コレハ アイ。 アナタニモ ワタシノアイヲ。
ドーム内はもはや騒然となり、観客が逃げ惑うように走り出している。人が津波となり、出口に押し寄せる。
警備員が声を大きく叫び誘導するも虚しく、我こそはと人を裂き、駆け走る人波は止まらない。
その様子を横目にアラヤと蒼子は中央のステージへ向けて飛び跳ね、駆け寄る。
一人の女を中心に炎は広がり続け、煙が会場を漂いだす。蒼子は不愉快な目でその状況を視認し、アラヤに告げる。
「アラヤは怪我人がいないかを見つけて、私があいつを抑え込むから」
「僕も戦える!あいつは僕が」
「ーー駄目よ」
足手まといではない事を主張しようとするも、上から言葉を被せられる。それは有無を言わせない拒否。
「なんで...」
アラヤは少なからず場数を踏んではいる。蒼子程の経験はないにしても発症者の相手をするのは一度や二度ではない。
「駄目。これはお願いじゃなくて命令よ新家創志」
厳しい口調で言われ、アラヤは視線を下に落とす。
「...分かりました」
姉さん、もとい上司の言葉に賛同し、出口の方に身体を向ける。
「目標は任せます」
「任せなさい」
拳を前に出す蒼子から目線を逸らし、未だ出口付近でパニックになっている人たちの元へ走りだす。顎に力が入り、拳が強く握られる。頼りにされていないという訳ではない、適材適所。蒼子はこの配置が一番速やかに事が収められると判断しての事だろう。
「分かってる。...分かってるさ」
言葉を吐き、己に言い聞かせる。今はそれしかアラヤにはできないんだから。
△〇〇△〇〇△
ステージの周りを火が囲むように燃え盛る。辺り一帯は火の海に包まれ、その中を散歩するかの様に歩く影。その影に向かい蒼子は言葉を投げかける。
「もう、彼は此処に居ないわよ」
煙が漂う中から、炎を纏う女が現れる。その瞳は白く濁り、身体の端々から炎が噴き出ている。皮膚を髪を服を燃やし続け、女は歩みを止めない。
「ーーーー」
返答もなく、こちらに視線も向けず、女はただ前へ進む。
「手短に済ませるから、悪く思わないでね」
炎を噴き出しながら歩く女が横を通り過ぎる。蒼子が側に立とうと、言葉をかけようと彼女にはどうでもいい。彼女の白く濁る眼に見えるのはただ一人。それ以外は全てーー燃えてしまえばいい。
そう朧げに意識した突如、身体を衝撃が貫く。視界が急転し、目の前にあったステージが遠下がる。その後に見えるのは天井。
「」
「ーー舐めんな」
その怒りに満ちた声色は怒髪天を貫く。
『憤怒』が舞い降りる
突如、突風が発生し炎を上空にかき消す。その中から、憤怒の感情を纏い、紅く燃えるような色の髪をなびかせ、拳を天に突き上げる美女が現れる。