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第六話


「ワクワク、ワクワク」

 

 ワクワクと実際に口にする大人を初めて見たが、思ったよりきつい。


「ドキドキ、ドキドキ」


 ドキドキと実際に以下略。


 幼児並みの言語力しかなくなった女性が目を輝かせ、両手にペンライトを持ち、遥か遠くにあるステージに視線を送る。そんな様子に心底興味の無い眼差しを送るアラヤ。


「随分と楽しそうだね」


「当たり前じゃない!どれだけこの時を待っていたと思ってるの!何年も何年も抽選してるのに当たらない。四年よ!?四年!長かった、とてつもなく長かった。はぁ〜、やっと生の冬夜さんをこの眼に収めれるのよ」


「ふーん」


 饒舌に語る蒼子を横目に席に座りながらも奥に見えるステージをアラヤも覗く。


「それにしても遠くない」


 アラヤがそう思うのも当たり前で、二人が佇む位置はかなり後ろの方、ドームの端っこでありステージに人が立ったとしても豆粒にしか見えないだろう。


「いいじゃない、頑張って集中して本気を出して見ればステージ上も見れるわよ。しんどかったらそこのモニターでも見てなさい」


「そこまでしないと駄目なんだ」


 嘆息をつくアラヤの前には確かに、ステージじゃなくてこのモニターを見てねと言わんばかりの大きなモニターが吊るされている。


「これだったら家のテレビで見るのと同じだと思うけど」


 不満を嘆きながら、席を立ち上がる。


「何処か行くの?もうそろそろ始まるわよ」


「トイレ」


「場所分かる?一緒に行こうか?」


「大丈夫、蒼子こそ此処で子供みたいに無邪気に楽しんでて」


「そう、ならそうするけど」


 と言いつつ、蒼子はまた「ワクワク、ドキドキ」と浮かれっぷりを炸裂させる。


「もはや皮肉も通じないとは」


 精神も幼児になった蒼子を残し、アラヤはその場を離れドーム内のトイレを探す。広大なドームには数カ所のトイレが用意されているので、迷うことは無いし、そこまで歩く事もなかった。


「私の冬夜に触らないで!!!」


 用を済ませ、席に戻ろうと通路を歩く途中、甲高い怒声が響き渡る。脚を止め、声の方に振り向くと、女性が床に蹲り、その周りを幾つもの紙切れが散らばっていた。どうやらASADORIメンバーの写真をばら撒いてしまったらしく、必死にそれを拾おうとしている。しかしその量が一枚や二枚といった量でなく、見るだけでも数十枚といった具合だ。見かねた周りが手伝おうと手を差し伸べた瞬間、


「触らないで!私の冬夜に近づかないで!」


 凄まじい拒絶を手を差し伸べた人達に向かって吐いていた。親切心を無下にするその姿はあまり良いものとは思えない。


「ごめんなさい冬夜、すぐに綺麗にしますから、愛しいるわ冬夜」


 集めた写真を眺め、そう口にする女性に周りが引いているのが分かる。単純に恋をしているなんてレベルではないと理解するのは一目瞭然、あれは普通を超している。人として異常だ。


 そんな光景を目にした人達はもはや手伝う素振りも見せずに通り過ぎてゆく。アラヤも周りと同様に関わりたくもなかったので、見て見ぬふりをしてその場を離れる。


「何かあったの?」


 席に戻るとアラヤの顔を見た蒼子が不思議そうに首を傾ける。


「ん? まぁ、少しね。なんで何かあったって分かったの?」


「変な顔してたから」


「失礼すぎる!」


 直接的にディスられ、アラヤが吠えた瞬間、ドーム内のライトが一斉に消える。


 真っ暗な空間にざわざわと音が彷徨い、皆んなの視線がステージに奪われる。蒼子もまた「きたきたきたきた!」と興奮気に立ち上がり、ステージに熱い視線を飛ばす。暫くの暗闇とざわめきが混ぜあった後、ステージの上部にある数台のモニターにカウントダウンが映り込む。荒々しいBGMが流れ、スピーカーからカウントダウンを進める音がドームを支配する。


 10・9・8・・・3・2・1 ・


 0と同時に全ての音が消え、空間に暗闇と一瞬の静寂が生まれる。直後、鼓膜を突き破りそうなほどの歓声、叫びが湧く。メロディーが流れ、視線が集まる先に数人の男達が現れる。


「きゃああぁ、冬夜あぁ!!」

 

「冬夜あああ」


「きゃあーーー、怜ぃぃ」


「会いたかったよ、水輝いいいい」


 全員がステージに立た者達に黄色い声援を送る様は異様としか思えない。瞳に興奮と熱情を交え、全員が同じ感情を持ち合わせている。それは隣の女性も同じらしい。


「冬夜ァーーーー!キャーーーー!!」


 柵を越えそうなほど前のめりに身体を出し、聞いたことの無い声を荒げ出す姿には唖然とするほかない。


「ーー凄い」


 ただポツリとアラヤは言葉を溢した。


  △〇〇△〇〇△



 始まったライブは順調に進み、ドーム内は盛りに盛り上がっていた。ライブも終盤になりステージの上に並ぶ男達はマイクを片手に談笑している。


「ってことで、大事な発表があるんだよな、冬夜」


「おっ、なんだなんだ」


「遂に言っちゃいますか」


「みんなああ、冬夜の重大発表聞きたいよな」


「「聞きたーーーーーい!!」」


「ほら、みんな聞きたがってるぜ」


「わかった、わかったよ」


「みんな静粛に!」


 銀色の髪をかきあげ、冬夜と呼ばれる青年がステージの前へ出る。


「なんだろう、ねぇ、なんだと思う?」


 アラヤの肩を揺らし、真剣な眼で聞いてくる蒼子を無視。ざわざわとする中、冬夜は決意の表情を決め、


「この度、白上冬夜は入籍する事を報告します!」


 と、響き渡る声で言い放ったのだった。


 一瞬の静寂、からの会場内に阿鼻叫喚が起こった。悲鳴をあげる者、顔を手で覆い泣き崩れる者、そして隣にいる蒼子は目を見開き、口をパカっと開け、硬直している。少し身体を揺さぶるも人形のように揺れ動くのみ。


 その後、メンバーからの補足情報や本人からの説明があり、阿鼻叫喚の嵐も落ち着き、おめでとうムードが会場に巻き起こった。


「うんうん、頑張れ冬夜。私は応援する、ぐすっ、応援するからああぁ」


 と石化が解け涙目に嗚咽を漏らす蒼子がアラヤの頭に抱きついてきているのが邪魔でしょうがない。


「じゃあ、ラストの曲いってみようか!」


 と、最後の盛り上がりを見せようとした時、





 『嫉妬』が燃える。





 熱く、煮えたぎるほど熱く、全てを燃やし尽くす嫉妬の炎が会場に巻き起こったのだった。


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