第五話
時刻は昼過ぎ、雲ひとつない空は眩しく青々しい、前を行き交う人達の顔にも曇りは無く晴れ晴れと楽しそうな表情をうかべている。ただ1人、アラヤを除いて。
「...暑い」
黒のキャップを深く被り、長めのTシャツと七分丈のパンツを履き、日差しが途切れる壁際に寄りかかる。気温の暑さとこの場所の熱気により、アラヤの喉が水分を求めるが、近場の自販機は売り切れの文字しか売っておらず、アラヤの頭に怒りマークが1つ着く。
その上、「君可愛いね、1人なら一緒に遊ばな〜い」と女に間違われたことにより、怒りのマークが2つに増加。
その上、その上、
「ごめんなさい、服装選ぶのに夢中で遅れました」
と、頭を下げ両手で拝む蒼子を見てマークが合計3つになった。
「以前、時間ぐらい守りなさいよとチョップをくわらしたの覚えてるかな?」
「聞きなさいアラヤ、過去に囚われると碌な生き方をしないわよ。人ってのは常に前を向かないとダメなの。私はねアラヤにそれを感じて欲しくて」
「ーー帰る」
反省も無く言い訳をペラペラと綴ることに怒りマークが4つになったので、駅に向かって歩き出す。
「ごめん、ごめんって!ほら、アラヤが好きなアイス買ってあげるから!飲み物もつける!ねぇ、お姉ちゃんをひとりにしないでぇ」
アラヤの首にしがみつき、泣き言のように喚き散らす蒼子。
「はぁ〜、めんどくさい」
透き通る空を見上げ、降り注ぐ日差しに目を細める。
アラヤと蒼子が立っているのは『横浜ドーム』の入口前。本日はというとASADORIのライブが開催される日。ASADORIの大ファンである蒼子がこの場所に居るのは勿論の事。じゃあ何故、興味もないアラヤが此処に居るのかと言うと、
「ーーお願い!」
合わせた両手を前に出し、頭を下げる蒼子。
「嫌」
アラヤは漫画のページをめくりながら、その言葉が出る方向に視線も向けず応える。
「そんな事言わずに、お姉ちゃんの一生のおねが」
「嫌」
言葉を無理矢理に遮り、次のページをめくる。視線を上下左右に動かしページの隅々まで拝見し、次のページをめくろうとした瞬間、
「ねぇ、アラヤ。人と会話する時は目を見て会話しましょうね」
「ぐぅっ...うっ...イエッ...サー」
アラヤの顔を掴む手に断る事のできない圧力、いや握力を感じとる。そのやりとりの最中に不意に第三者の声がかかる。
「俺が行ってやろうか?」
2人は声がかかる方向に視線を動かし耳をほじくりながらソファーに寝転ぶ堂島を見る。その後、視線を戻し何も無かったかのように、会話がリスタートする。
「アラヤしか頼む人がいないの、お姉ちゃん一生のお願い!」
「だから嫌だって」
「そんな事言わないで、お願い!」
「おいおい、お前ら聞いてるか?暇だから俺が行ってやるよって言ってんだろ」
「今度アラヤの欲しい物買ってあげるから」
「そろそろ子供扱いはやめてよね」
「また、無視か!?お前らいい加減俺を蔑ろにしす」
「ーーあなたは早く仕事して下さい、いい加減にしないとそろそろーー殴りますよ」
「......はぃ」
という絡みがあり、別に興味も無いのにこの場所に立ち、蒼子に首に抱きつかれている状況。アラヤは「はぁ~」とため息を吐きながら、足を止めた。
「チョコアイスとコーラ」
顔だけ後ろを振り返り要求を出すと、パァと表情を明るくした蒼子が「アラヤァァ」っとギュッと抱擁してくる。
その後、
「じゃあ、急いで買ってくるから、ちょっと待ってて!」
と近くのコンビニめがけて猛ダッシュしていくのを見送り木陰に戻る。まだまだ開演には時間があるというのに、人集りは増え続け、入口前は大渋滞になりつつある。
「楽しみだねぇ」
「うん、はやく始まらないかな」
「やっと怜君に会える」
派手な服装に派手目のメイク、10代であろう女子達が。和気藹々と興奮を漏らし合う。
「さっきの奴やばかったな。 どんだけ好きなんだって話」
「叶うことの無い恋なのになぁ、笑っちまうわ」
「なぁ、あの子達可愛くない? 声かけようぜ」
アラヤの前を3人の男達が通り過ぎる。アラヤだけでなく、別目的で来てる奴らも存在してるらしい、内容はナンパだろうが。そんなどうでもいい事を聞きたくも無いのに耳に入れながら、アラヤは顔を上げ呟く。
「暑い」
視界に入る大勢の人達を見ても、やはりこの場で表情を曇らせているのはアラヤただ1人だった。