第四話
これは数ヶ月前の出来事。
ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ
アラヤは寝起きは悪いと自覚がある、特に朝は弱い。用事がなければ昼頃に目が覚めるのが習慣。
ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ
「うるさい!」
目を閉じながら、音の鳴る方に拳をぶつけた。慣れたもので、その拳は時計にクリーンヒットし、部屋に静寂を取り戻す。スウェットを寝巻きとし、お腹を出しながらまた深い海に意識が潜ろうとするが、
デンデンデン、デンデンデン、デンデンデン
それを遮るように携帯から着信が鳴り響いた。
△〇〇△〇〇△
「遅い!」
家から十分ほどにある仕事場、そこのドアを開けた第一声がこれである。腕を組み、怒りを宿す蒼子の双眼がアラヤを貫きながら時計を指す。
「今何時何分?」
「ーー10時」
「10時8分よ!電話で10時までには来なさいって言ったわよね」
「お腹が痛くて」
「い・い・わ・けをしない!」
頭にチョップを喰らい、鈍器で殴られたかのような痛みに悶える。
「時間ぐらい守りなさいよ」とため息を吐きながら、蒼子は机の上の封筒を手に持つ。
「まあ、今はそんなことどうでもいいわ。
これを受け取りなさい」
どうでもいいなら殴るなよと声には出せず、頭の中で反論し、その封筒を受け取り、封に書かれた文字を確認する。
「ライブの抽選結果ですか?」
「そう!ASADORIの抽選結果が届いたのよ!」
「ASADORI?あー、前に姉さんに頼まれて書いた覚えがあるような、ないような」
空を見つめ、アラヤは自分の記憶を辿るがうろ覚えどころか、正直記憶に無い。
「あんた本当に忘れっぽいわね」
呆れた声と残念な目で眺められるアラヤ。
「うるさいなぁ、ほら、僕は興味ないから姉さんが開けなよ」
「絶対駄目!アラヤが開けて!私はもう開けない方が良い気がするの!!」
蒼子は後ろに下がり、手をクロスし拒否の姿勢をとる。何故?と思ったが、チラリと見えた卓上のクシャクシャになった紙がその理由を物語っていた。
「自分のを外したんだね」
「ーー俺が開けてやろうか?」
離れた場所から低い声がかかり、そこに視線を移すと、鼻をほじりながらソファーに横たわる男が此方に顔を覗かせていた。
「居たんだ、旦那」
「おいおい、ここは俺の仕事場かつ家なんだから居るのは当然だろ」
両手を上に掲げて何を言ってるだみたいなポーズが癪に触る。
「毎日、朝から晩までギャンブルしに行ってる奴がよく言うよ」
「何度も言わすなよ、あれは情報収集を兼ねての事だって」
「昨日はいくらやられたんだ?」
「よくぞ聞いてくれた!この前の負け分を取り返したのよ!いやー、あそこで当たってくれて助かっ」
「ーーならこの前貸した2万返せ」
口を大きく開け、喜びの表情を魅せる男が固まる。そのまま咳払いをこぼし、
「ごほん、まぁ、なんだライブの抽選なんて当選か落選の50%だろ?俺にかかれば確変濃厚よ。任せろって」
「あんたは絶対に開けないで、いや触らないで!なんなら此処から今すぐ出てって!」
「同感」
2人からの猛烈なバッシングに堂島は立ち上がり、抗議の言葉を投げかける。
「上司に向かって出てけは言い過ぎだろ!泣くぞおい」
「あなたにかかってるわ、アラヤ」
「...あんまり期待しないでよ」
「無視か!無視するのか、本当に泣くぞ!」
運も人望も無い男の戯言を無視して、アラヤは封を開ける。外れろ外れろとヤジが聞こえるが、蒼子がアイアンクローで黙らす。
悲痛な叫びをバックに封から紙を取り出し、その一文に目を通す。アラヤはそのまま書かれている文字を読み上げる。
「当選おめでとうございます。だって」
その瞬間、蒼子が喜びの歓声を上げ、その勢いで強くなった握力を味わいながら、堂島が悲痛な叫びを上げたのだった。