7, 出会いは人の運命を左右する
「ほら、できたぞ」
「実にいい香りですね。ちなみに、何か隠し味でも入れられているのですか?」
「うちは素材の味を活かすのが流儀でな」
伊織はマンション最上階の中でも比較的小さい部屋へと案内すると、鍋でお湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。
「とりあえず、それ食ったらさっさと帰れ」
「分かっていますよ。それでは、あむっ……ん!! これは美味しい。私こんなに美味しいカップ麺を食べるのは人生で二回目です」
「普通のカップ麺だろ」
「いえいえ、この味の秘密はそれだけではありませんよ」
そう言うとどこか不気味な笑みを浮かべるその男。このうざったい口調は素なのだろうか。まぁ、どうだっていい。箸に口を付けた以上、DNAの採取はすでに完了している。
「そういえば、自己紹介がまだでした。私はシエラス・オルコットと申します。歳は三十代前半、趣味は読書、好きな女性のタイプは胸の大きな女性、ちなみに職業は……」
「おい待て、誰も自己紹介を頼んだ覚えはないんだが……」
「まぁまぁ、少しくらいいいじゃないですか。ちなみに、私の職業はダンジョン攻略者です」
ダンジョン攻略者。
(……通りであんなに足が早いわけか)
百年前にダンジョンが出現して、その資材的価値に各国が気づいた辺りから爆発的に流行し始めた職業だ。だが、ダンジョン攻略には戦闘が必須であり相応の『スキル』も必要になる。つまり命をかけて金を稼ぐ仕事というわけだ。
(そんなバカげたことをするより、投資で儲けた方がよっぽど利口だな)
「ちなみにあなたはダンジョンに潜られた経験は?」
「あるわけないだろ、僕は十五歳だ。規定の年齢に達していないし、そもそも潜るつもりもない」
「おや、驚きました。まだ、学生だったのですね」
ダンジョンは命の危険を伴う場所だ。どんな有能な『スキル持ち』でもダンジョンに潜るのは十八歳からという決まりがある。一部の裕福な家庭は例外だが。
「まぁ、学校には行ってないけどな」
「そうなのですか?」
「そもそも興味がない。それに学校に行かずとも金はあるし問題ないだろ。力は正義だからな。それに金なんてダンジョンがなくとも稼ぐことは可能だ」
「つまり、ダンジョンにも学校にも興味がないと」
「そうなるな」
(……って、僕はなにを熱く語っているんだ)
訊かれたこととはいえ、熱が入っていたことは否定できない。
「ですが、私の経験上ダンジョンも学校も魅力的なところですよ。知らないことに溢れていて、上手くいかないことも数多く存在する。何より可愛らしい女性との出会いもあります」
「その言い方だと、最後のが大きいように感じるが?」
「いえ。まさにその通りです。出会いというものは人の運命を大きく左右しますからね。それで言えば私たちの出会いも……」
「いいからそれを食ったら出てけ、そして二度と来るな」
「ひどい言い様ですね」
伊織はリビングの窓ガラスの前から外の様子を見渡す。最上階からの夜景は形容し難いほど美しく、車すら豆粒程度に感じられる。
「ここに来る途中の廊下、そしてこの部屋……見渡してみましたが、実に殺風景ですね。同居人の影もない。まるで大きなお城に一人で暮らす王様を思わせます」
「……」
「それにここ以外にも部屋をお持ちのようだ。」
「何が言いたい」
「一人は寂しくないのですか?」
「ふん、どうだっていいだろ。それに寂しいと感じたことはない」
「……そうですか。すいません、興が乗り過ぎました。今の言葉は忘れてください」
こいつの目的がますます分からなくなってきた。しかし、食べ終わると満足したように背伸びをしてそのまま廊下へと歩みを進める。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「……ああ」
「それではまたいつかお会いしましょう」
そう言い残すとその男は何かをするわけでもなく姿を消した。あまりにも呆気ない別れだが、別に惜しむことでもなかった。
『またいつか』
やつの最後の言葉を否定することもできたが、敢えて答えなかった。
変なやつだったがそれでも誰かと会話をすること自体が久々なことで、少しは退屈も紛れた。そう、『退屈』。
ここ数年間、伊織は退屈していた。ネットやテレビから世界の情勢や流行の漫才などを知ることはできてもそれを共有する相手は当然いない。下らないと否定していたことだが、金儲けをするだけの毎日に飽き飽きしていたのも事実だ。
「……学校か、退屈凌ぎに行ってみるのもありかもしれないな」
あの男の言うことを間に受けるわけではないが、それでも強ち間違ってもいなかった。