6, 伊織の魂胆
「はぁ、はぁ……上手くまいたか。流石にここまでくれば……」
ぐるりと一周するようにマンションを周ったため息が上がっていた。途中からは全速力で走ったため向こうは完全に姿を見失ったはずだ。エントランスの前まで行き、ポケットから鍵を取り出すと解錠する。
「それはカップ麺ですか?」
「ひぎっ……!?!?」
「そんなに驚かないでくださいな、ダンナ」
どうやら撒けてなかったらしい。その男は屈み込むとスーパーの袋をやけに気にし始める。運動不足が祟ってこれ以上逃げることもできない。
「……まったく、いきなり追い回して僕になんのようだ」
「すいません、特に用があったわけじゃないんです」
「はぁっ!? ふざけるな、用もないのに追いかけるバカがあるか」
「突然走り出したものですから、急に追いたくなってしまって。私、恋愛もそうなのですが追われるより追うタイプなので」
「そんなくだらない情報はどうだっていい。なにが目的だ、金か? 金なのか? そうなんだろ」
「うーむ、全くそのようなことは……いえ、そうです。私はお金が欲しくてあなたに接触したのです」
伊織はこれでも総資産額は百億を越えていた。これも全てスキル『家事有能』のお陰ではあるが、それゆえに狙われることも視野に入れていた。
「ふん、やはりな。それでいくら欲しいんだ?」
「そうですね……」
顳顬に指を突き当て考え込む謎の男。大方予想通りだ。この男も金が目当てであれば、これ以上単純な話はない。この身なりからするに百万ほど要求するつもりだろう。
それなら、それに応じるフリをして警察に突き出せばいいだけのこと。
「それでは、百二十円ほど。現品で」
「そうかそうか、百二十万か。だが今は現金の持ち合わせがなくてな。後日渡しに行くというの……は? 百二十円……だと?」
「はい、現品でお願いします」
「いやいや、現金でお願いします、みたいに言ってんじゃねぇ。なんだそれは。初耳な上に意味がわからん」
目的は金品のはずだが、伊織にはこの男の目的がまったく読めなかった。
「まぁ、つまりですね。そこのカップ麺を私に作って欲しいのです。私、三日間ほどなにも口にしていないので」
「は? そんなふざけた要求……」
臭い演技な上に明らかに挑発的な態度。その男の妙な提案を否定しようとしたが、伊織にとってもその提案はかなり魅力的なものでもあった。
(……こいつの態度は気に食わないが、それだけで大人しく引き下がるというのならこっちにとっても都合がいい。今日のところはそれで追い出して、後日警察に証拠とともに訴えるのもありか)
「……分かった、僕について来い」
「どこへ行くのですか?」
「ふん、決まってるだろ。このタワーマンションの最上階だ。最高の景色を拝ませてやる」
そんな魂胆があることは微塵にも考えなかったのか、その男はすんなりと伊織の言葉に従った。




