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30, アイドルの家事代行サービス(2)

 ちなみに、彼女の左腕にはAPN端末が装着されていた。


「えっと、今日は四時間のクリーニングプランですよね?」

「ああ、そのはずだ」

「それなら任せてください。私、結構掃除は得意ですから」


 そう告げると敏速に行動を始める。まず取りかかったのはシンクに置かれた生ゴミの処理だ。彼方は持参したゴミ袋を広げるとそこに水を切った生ゴミを詰める。そして、匂いが漏れないようにしっかりと縛るとそれを隅に寄せた。


 まるで手慣れたような手つきだ。伊織にもあれくらいできていたはずだが、家事万能になった途端に日常生活すらままならなくなった。


「伊織くんはテレビでも見ててください」

「……いいのか?」

「散らかった書類や物品を整理する際には手伝ってもらいますが、今はいてもらっても戦力にならなそうなので……」


(はっきりと言われた……!?)


 伊織は彼方の言葉に従って、唯一無事なソファに座ると先ほどと同じ体勢で本を読み始める。その間にも彼方は掃除を進めていき、気づけば部屋中のカップ麺のゴミは消え、洗濯物はすっきりとした状態になっていた。


「……この書類はどうすればいいですか?」

「ああ、それは捨ててくれていい。どうせあと3年は使う機会がないからな」


 彼方は床に散らかった書類を手に取ると、頭に疑問符を浮かべる。それらは全部が投資をする際に使用されたチャートやグラフだが必要のないものだ。


 そして、彼方が来てから三時間が経過した時にはすべてのものが綺麗だった時の状態に戻っていた。部屋を一望できる場所に立ち辺りの景色を一瞥するが、その景色は前と後では比較できないほどに清潔だ。


「伊織くんて一人暮らしなの?」

「まぁな、幼い頃から分け合って一人で暮らしてる」

「へぇ、なら少し意外かな。伊織くん一人暮らし歴長いのに掃除はできないんだ」

「…………悪いか?」


 彼方も伊織の隣に並んで斜陽の差し込む部屋を眺める。掃除サービスは終わったので、二人の話し方は元に戻っている。


「悪くないよ、意外なだけ」

「……そうか」


 伊織の方を見つめながらにっと笑う、彼方。


 その表情が眩してだろう、伊織は視線を部屋に戻すと掃除された床を指でなぞる。掃除機がかけられたあとだ。伊織は家事有能がなくなってからは掃除機すら使わなくなった。しかしその積み重ねがあの惨状に繋がっている。


 今までは誰かに頼らずに自分の生活を賄ってきた。生活するために必要だったもの全てを自分の(スキル)で手に入れてきた。自分の身は自分で守ってきたはずだった。しかし、今の伊織の手元には家事有能というスキルがない。


 昨日も考えていたが、やはりそろそろ一人でやる限界が来たのだ。


「なぁ、彼方……」


 伊織はさっき逸らした彼方の目を見つめると躊躇混じりに告げる。


「これからも、……その、なんだ。世話になっても……いいか?」


 他人にはあまり頼らないように生きてきた、伊織。誰かに気持ちを込めてお願いをするというのはこれが初めてのことだった。彼方はそれに笑顔で答える。


「うん、もちろんいいよ!!」


 その返事に胸を撫で下ろす、伊織。


「……あっ、でもうち家計が厳しいからやるならちゃんと会社を通してからにしてね」


 そして彼方は抜け目なくその返事に補足する。


(……ちッ、やはり友情割引とかは期待できないか)


「むっ、伊織くん、いま舌打ちしたよね?」

「してないからな」

「したって、絶対っ!!」

「断じてしていないっ」


 その後、舌鼓を妙に咎める彼方を宥めるのはかなり苦労した。

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