12, 人生初の通学
それから三週間が経過した。季節は春。入学するには絶妙な頃合いだったようで、ちょうど新学期の始まる時期だ。学年は年齢相応に一年。伊織は生まれて初めての制服に身を包みどこか浮き足立っていた。
義務教育をすっ飛ばした伊織が入学できたわけ。
————それはもちろん、『賄賂』である。
この世界の大抵の諸事情は金さえあれば解決できる。これを言えば、「戯言だ、世迷言だ」となじる輩もいるだろう。だが公的なことも私的なことも金銭のやり取りでどうにかなることは多い。裏口入学というやつだ。
「……くそ、これも焦げるだと!?」
カップ麺が美味しく作れないことを知って以来、伊織は一人で作れる料理を研究していた。本日、不破家の食卓に並んでいるのは、黄身の潰れた目玉焼きに焦げた食パン、塩っけの多い味噌汁に不揃いのレタスだ。
カップ麺があんなに美味しいと感じたのは『家事有能』のお陰だったのだろう。食事を終えると食器をシンクに残して軽く水に浸しておく。
(……片付けは帰ってからにするか)
伊織は学校の鞄を背負うとローファーに履き替えて家の鍵を閉める。その時に自分の指先が少しだけ震えているのを感じた。
ここまでの正装をして外出するのはいつ以来だろうか。不安だ。ただ学校に行くという変哲のない行動が、しかし伊織には初めてのことであった。施設の中では感じることのなかった緊張が伊織を包む。
(…………いや、何を臆しているんだ。僕は)
伊織は呼吸を落ち着かせるとネクタイを締め直しその場を後にする。
伊織が通うことになっている『私立 秀恵高等学校』は家から徒歩十分ほどの場所にある。ための外出でスーパーを通りかかる時にコンビニに寄っているその生徒達を遠くから眺めていたことがあった。
いつもと同じ街並みだが景色がまるで違う。一面を覆う蒼穹に飲まれそうだ。それもそのはず、普段の外出は夕方から夜にかけてなのでこんなに快晴な日に外に出ることなど考えられなかった。
「……ここのようだな」
校門前で伊織はその物々しい校舎の雰囲気を肌で感じ取った。




