八話 決意
子供達を先導し、オカマと大男、盗賊娘と俺は裏路地を走る。
「ここまで来れば大丈夫かしらね……」
行き着いた先は地下水路。まるでドブネズミだが、しばらくは大丈夫だろう。
「ム……」
ナディが周到に用意していたのだろう、壁にかけていた松明を手に取り火を灯す。
そんな中でも子供達は気丈だった。物珍し気に周囲を見渡している。
「にしても……本当にあのじい様なのかしら? それに安村無敵って……」
「エメ信じらんない! ちょー強くてちょーかっこいいし! 上着もパッツンパッツン!」
「シワシワ族変身した!」
一段落したのだろう。松明の薄明かりに乗じて、其々の奇異の目が俺へ向けられる。
「おう。改めて、俺は安村無敵。御年七十五歳だ」
だが俺は、堂々と葉巻の煙を吹き出して自己紹介。
名乗る事を躊躇っていたが、俺はもう迷わねえ。
「……悪いけど、ここからは別行動を取らせてもらうわ」
「ええ!? ナディ! 助けてくれたのにそれはあんまりだよ!」
エメが驚きの声を上げる。だが、ナディが言うのも最もだと思った。間接的とはいえ、魔族が虐げられる世の中になっちまった起因が俺なのは紛れも無い事実だ。
「それで構わねえ、ただ、一個だけ聞かせてくれ。なぜ魔族を助ける?」
するとナディは一瞬言葉に詰まった様に目を逸らすと、喉を低く鳴らす様に応えた。
「このクソ見たいな世の中が嫌いだからよ」
「……そうか。良く分かった」
俺だって、このクソみたいになっちまった世の中を許せねえ。
ナディがそう思ってるのなら、それでいい。男は多くを語らねえんだ。
「これから何処に向かうんだ?」
「地下道が続くあちしのお屋敷とだけ。あの孤児院が割れた以上、もう家で面倒を見るしかないわ」
「なんでい。あの廃屋が自宅じゃなかったのか」
「ナディはこう見えてとてもお金持ちなんだよ! ねえ、無敵ちもつれていこうよ! きっとあいつらまた来るかもだよ!?」
エメが仰々しくナディの袖を引っ張って、俺の方を見ている。
やっぱり……イディアとそっくりだ。
「そんときゃ、またぶっ飛ばしに来るさ。じゃあな」
何だかエメを見ていると、自分の骨と決意が抜かれてしまう気がして俺は踵を返した。
「無敵ちゃんは……!」
だがその時……背を向けた俺に、尋ねたのはナディだった。
「これから、どうする……の?」
これからどうする。か……。きっとこの異世界へ来たのが神や仏の仕業で、全てがつじつま合わせってのなら、俺に腐った世界を変えろって事なんだろう。
ここまでお膳立てされりゃ、余り頭が良くねえ俺でも分かる。
「先ずは気に食わねえ王様をぶん殴って来るぜ」
葉巻をそのまま下水に投げ捨てた後、俺は背で別れを告げて地上に通ずるであろう来た道を歩き出す。
すると……。
「ねえ、無敵ち! あの時の質問……覚えてる!?」
叫ぶようにエメが俺の背中へ言葉を浴びせる。
閉鎖的な地下水道に、彼女の声が何度も響き返ってくる中、俺は足取りだけを止め、振り返らずに背中で尋ね返す。
「どの質問だ」
「正義の味方か、悪の味方かってエメの質問」
「どっちでもねえ、俺は……」
イディア。俺は決めたぜ。結局あの時、魔王を倒せずにお前を失っちまった。
これはそのツケだ。あの時尻を拭ってくれたお前に、ツケを払う時が来たんだ。
「弱い奴の味方だ」
今度こそ、イディアが望んだ平和な世の中を作り上げてや――――。
――――――――――――。お?
力が抜けていく……。足腰がヒシヒシと痛む……。
視界が、ショボショボしてきやがる。体が鈍りのように重てえ……!
「お、おじいちゃんに戻ちゃった!?」
「お、おじいちゃんに戻ちゃった!?」
「ハァッ……ハァッ……。く、くそ……動けね……え」
瞼が重い。体が床に染みて行きそうだ。
……くそ、歳は取りたくねえな。
一先ず、一章完結です。
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