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六話 隠れ家

「ここまで来れば安心だよ」


 手を引かれるまま、しばらく曲がりくねった裏路地を歩くと建物の壁に囲まれた一軒の廃屋の前に立ち止まった。窓は全て板が打ち付けられており、中は見れなくなっている。

何かと裏道や街を歩いた俺でも、初めて見る場所だった。


「さ、散らかってるけど、どうぞあがって。歩いて疲れたでしょ」


此処がきっと、彼女の住まいなのだろう。エメはにこやかに扉を開けると先導する。彼女の言う通り、衝撃と驚きに忘れていた足と体の疲れが一気に押し寄せてくる。


「……なんでい。ホームレスよっか良い所住んでるんじゃねえか」


中に入ると、言う程酷く散らかってはおらず、むしろ荒涼としていた。抜け落ちた天井や床が所々目だったが、その上から板が無造作に打ち付けられているのが目に入る。


「大所帯だからね~。おーい! 帰ったよー!」


 大所帯? まだ何人か居るってことか? そんな事を思う俺の隣、エメが室内に響かせるように声を上げると、扉の無い吹き抜けの向こうより小さな頭がヒョッコリと壁から顔を出した。


「あぁ~恥ずかしがってるな? でておいでー! 怖い人じゃないよ」


 再びエメが声を張り上げ、室内に響かせていくと、ポコポコとタケノコのように次々と小さな頭は姿を現せる。其々、特徴的な肌の色や角や触覚を頭から生やした子供達。  


……魔族の子供達だ。


「あらエメちゃん。早かったわね。心配してたのよん」

「ギエッ!?」


 背後より音もなく近づいたのだろう。唐突に真後ろで声が聞こえたので、驚いて振り返ると、キノコ見たいな髪型をしたオカマ野郎が真っ赤な口紅を歪ませて微笑んでいた。


「ナディただいま! 子供達が恥ずかしがってるみたいで出てこないね」

「仕方ないわ。シワシワ族連れて来ちゃったんだもん。どういう風の吹き回し?」

「し、シワシワ族……?」


 真っ黒なドレスに身を包んだナディは、クネクネと俺を舐めるように顔を近づけて凝視していた。……ウィッチーってやつだろうか。


「この人は大丈夫。危ない所を助けて貰ったんだ」

「あら? 恩人って事? なら丁重におもてなししなきゃねぇ」


 低い声の抑揚を精一杯黄色くしようとしているのだろう。俺の耳元で耳にジットリと残る様な声で囁くと、俺はただでさえシワの多い顔を更に歪ませた。ゲロはいちゃいそう。


「まぁそう固くならないの、お客様ぁ。そういえば、オナマエは何ておっしゃるの?」


 そういえば、と俺は思い出す。

そういや、勝手に名前を拾い上げていたが俺は自身の名や身分さえも打ち明けていなかった。


「あちしはナディ。此処の魔孤児院の管理者よ。そして助けてくださった彼女がエメ、此処の従業員兼、優秀な物資調達係よ」

「やっほー! おじいちゃん!」


 無邪気に手を振るエメと、妖艶さの欠片も無い振る舞いのナディ。俺は名乗る前に、聞きなれない魔孤児院と言う言葉を尋ねることにした。


「この魔孤児院ってのは、なんだ?」

「あら? ここが気になるのね? でもどうして気になるのかしらぁ?」


 ナディから疑いの眼が向けられる。こんな入り組んだ裏路地に位置している事といい、表通りで聞いた魔族関与者云々と言い……。当然、秘密裏に潜在しているのだろう。


「ここはね。奴隷にお父さんお母さんを取られて、独りぼっちになった子や、魔族売買直前に助け出した子共達が暮らしているの」


 俺の問いに対し、応えたのはナディではなくエメだった。


「エメちゃん。随分とこのおじ様を信用してるじゃない?」


 訝し気な顔を浮かべるナディを気にせず、エメは話を続けた。


「この人は大丈夫。だって、勇者の一人に対して『なんで無抵抗の魔族を切り殺した』って質問しちゃうような人だもん。あたしね、あの場に居たんだ」

「……そう。そうなのね」


 ナディは頷くと、微笑むエメから再び俺へ視線を戻し、化粧で黒くなった目を真っ直ぐと向ける。随分と、悲しい眼をしている。俺はそう思った。


「出てきていいわよ、ベル」

「…………ム」


 ナディがそう言うと、音も立てずに子供達が覗く吹き抜けの向こうの壁から、天井に頭が届く程巨大な体躯をした大男がのらりくらりと現れる。


「彼はジャイアントのベル。ここの従業員兼用心棒。疑ってごめんなさいね」

「ム……」


 ゆっくりと頭を下げ、床を軋ませながらベルが歩いてくると、大きな彼の足に隠れるように子供達が付いてくる。


 魔族は人間よりも寿命が長い者が多い。俺も全ての魔族を知っている訳じゃないが、此処にいる子供達はこれからの将来、長い間不安と孤独と共に育っていくのだろう。


 俺の空白だった五十年何て非にもならない程……。


「じっちゃん誰?」「シワシワ族!」「ふえっ……ふえっ……」

「おじいちゃん! おじいちゃん!」「せんせーこの人誰?」


 目視で大小様々に十人は居るだろう。魔族の子供達はそれぞれ俺に目を向けたり、エメの服を引っ張ったり、ベルに上ったりと、ある程度警戒心も溶けた様子だった。

 無垢な瞳を見ていると、同時に罪悪が込み上げてくる。


 この子達の将来を間接的に奪ったのは、俺なんじゃないか。そう思うと、名乗る事すらも憚られた。俺は、英雄なんかじゃない。


「何か、訳アリって感じね。兎に角、見た感じ異国の人みたいだしぃ、何もない所だけど疲れを癒やして頂戴、大人用ベッドの空きは有るから」

「あ、ああ……すまねえ」


 この惨状を見て、イディアは何と言うだろうか。魔族達が虐げられる結果に至ってしまった世の中を見て、かつて共に戦った仲間達は何を思うだろうか。


 神や仏が居るのなら、俺に何を伝えたかったのだろうか……。

 今となっては、もうどうでもいい。どうでもいいと思うしかない。

……俺には、もう何も残っちゃいないのだから。


「シワシワ族! シワシワ族!」

「あ、こら! 勝手にポケットを弄るんじゃない!」

「おじいちゃんったら人気者じゃーん!」

「コラコラ? お年寄りは大事にしなきゃよん?」

「……ム」


 魔族の子供の一人が勝手に俺のポケットを弄り、中身を取り出すと一枚の紙を握っていた。するとナディの元へ握りしめたまま走って行く。


「あ! コラ! 返せ!」


 当然子供の小回りの良さに付いている訳が無く、のろのろとナディの元へ歩く。


「シワシワ族のドロップ!」

「ドロップ? 飴じゃねえよ」

「あら? 何かしら……古い魔族文字ね?」


 魔族文字……。それを聞いて俺は頭の中の突っ掛かりが取れる。


そうだ、魔族文字だ。

随分と昔にちょろっと見たくらいだったから、すっかり忘れていた。


「ここに来た時、ウィッチーって言う魔族が落として行ったんだ。何て書いてあるか解ったりするか?」

「ごめんなさいね。私もエメも人間で、魔族しか読むことが出来ない特殊な文字なの。ベルは話せないし……。何より魔族文字何て人が世を統一化した後は失われし文化なのよ」


この五十年、本当に色々な事が有ったらしいと俺は嘆息した。

別にこれと言って気になる事でもないのだが……。


「多分メルダなら解るんじゃないかな? ねね、ちょっと貸して!」

「ああ、たぶんあの子なら読めるかもしれないわね」


 新たな人物の浮上と勝手に進んでいく話についていけず、目だけを向ける。


「ねね、メルダ。この文字解る?」


 エメが紙を受け取り、部屋の隅に座る褐色肌の少女へ訪ねていた。見た目で言えば十歳程だろうか、しかし他の子共と比べ随分と老成した雰囲気を醸し出しており、時折長い白髪を揺らして真赤な目が俺と合う。


「あの子はダークエルフ。ああ見えて九十歳は越えてるの」

 そんな様子を眺めていると、ナディが応えた。


「……ああ、亜エルフか」


 どことなく落ち着いた雰囲気に俺は納得する。つまり魔族戦争体験者と言う訳だ。

と言っても、当時は四十歳程度、長寿であるエルフからすればまだまだ赤ちゃんか。


「随分と古い言い方をするのね。エルフはその美貌と不屈の美しさと若さから、娯楽品や実験品として高価で取引されているわ。あの子も、その被害者の一人。売り飛ばされる寸前のからがら、運よく助け出すことが出来た」


「っけ……長生きしてもいい事ねえな」


 俺が目を向け続けていると、聞き終わったのかエメがこちらに駆け寄ってくる。


「どうだったかしら?」

「んー良く分からないって。助けてとか、~世界がどうたら~って書いてある所までは分かったらしいよ。後教会って文字が書かれてるって」

「助けて世界をどうたら? それに教会? 全く意図が読めないわね……」


助けてだと? バカバカしい。

仮に、あのウィッチーが俺へ接近してきた事が意図的だったとしてこんな老いぼれに世直しを頼むのは間違ってる。いつだって時代を作り上げていくのは若い奴だ。俺みたいなジジイじゃねえ。


俺が落胆している刹那――――。


「……ム!」



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