四話 現代勇者
あの後、俺は街を歩いていた。
特に何の予定がる訳でもない。
五十年前もそうだった。少し街外れの木の元で目を覚まし、フラフラと気の向くまま歩いていたらこの王都に辿り着いていた。城下の街並み事態は大して変わっちゃいねえから、ここが王都だとわかる。
それに、街を歩く人々の顔付と服装も変わっている。
笑顔が増え、鎧を着る人間も随分と少なくなった。
その光景を見るだけでも、本当に魔王を封印した後に平和が実現された訳だ。
さっきの兵隊が言っていた魔族関与って奴も、その辺の管理が徹底されてる証拠だろう。
「……常に平和を望んでたイディアにも、見せてやりたかったぜ」
それと、先程まで俺が居た広場の真ん中には、俺の銅像がデカデカと立っていやがった。
この世界の文字は俺の世界の文字でこそ違うが、旅路でイディアに教わったので多少読むことが出来る。『英雄ヤスムラムテキ』って書いてやがった。
……へそが茶を沸かすぜ。
「英雄だってよ、バカバカしい。好きな女一人守れねえで何が英雄だ……」
街を歩きながら空を仰ぎ、煙草を咥えたまま独白する。
状況は最悪だ。この世界の金も無ければ、仕事を取れる歳でもねえ。
ましてや、あの時のイディア見たいに手を差し伸ばす聖人が何処にいるって話だ。
「冥途の土産に平和な街並みを見た後、そのまま衰弱しろって話か。悪くねえな」
そんな……自虐的に街中を歩く最中だった。
「貴様! 立て! こんな所で休むんじゃない!」
雑踏の向こう側で誰かが怒声を張り上げているので、何気なく歩きながら雑踏を掻き分けて行くと、人……ではない。緑色の肌に、折れた角の魔族が上裸で倒れている。
「もう動けない……お願いします……」
「奴隷が気安く口をきくな! 早く立て!」
商人が鞭を振るい、勢いよく魔族に叩きつける。その度、緑色の肌には裂傷が入り傷口からは真っ黒な血を垂れ流していた。
――どういう状況だ? 俺はそのままその光景に目を向け続ける。
「ん……ググググググ……!」
すると……鞭を打たれていた魔族は堪りかねたのか、鞭を振るう商人へと突如牙を向き、悲鳴にも近い咆哮を周囲へ響かせた。
「グギャアアアアアアアア!」
魔族の咆哮と共に、弧を描くように取り囲んでいた雑踏は悲鳴を上げ、一気に距離を取りだす。俺は突然動いた人の流れに転倒し、硬い石畳に肩を打ち付ける。
「ガァアアアアアア!」「ッシャァアアアアア!」
その間にも後に続いたのだろう。別の魔族達が牙を剥き出しにし、商人へ襲いかかるべく咆哮を上げている。だが、商人は焦る様子もなく巻物状の何かを取り出し、襲い掛かろうとする魔族達へ見せつける様に巻物状の紙を開いた。
「グガッ……!」「ガガガガガガガ……!」「ギイィイ!」
「全く、二束三銅とは言え、また仕入れなくちゃいけねえ。手間かけさせやがって……」
魔族達は急停止し、凍った様に体を硬直させ声だけを漏らしている。見た感じ魔族達の動きを制約する魔道具か何かなんだろう。開いた紙の中央には緑色の石が輝いて見えた。
「おい、誰か勇者を呼んでくれ」
その最中、唐突に商人が叫ぶ。そんな聞き捨てならない単語に俺は耳を疑った。
――――勇者を……呼んでくれ? どういう事だろうか。
「ギャガアアアア!」「ヒイイィイィイ!」「エゲゲゲゲ!?」
だが、そんな疑問を解決する間もなく。
「――――――――ハァッ!」
……一瞬だった。
目にも止まらぬ速さで、魔族達が悲鳴と共に細切れになって行と、肉片を周囲へぶちまける事無く灰に成って行く。
「勇者よ」「勇者だ……」「うおおお! 勇者だ!」
「勇者万歳!」「勇者万歳!」
そして、周囲の完成が湧き立つ頃、俺は初めてその勇者と喝采を受ける人物が目に留まった。一見軍服のような服に身を包んだ若僧は、してやったと言わんばかりに剣をゆっくり床に突き立てると、笑みを浮かべて周囲に手を振っている。……いけすかねえ奴だ。
「大丈夫ですか? おじいさん」
笑みを浮かべながら女みたいな顔付きをした勇者ってやつが、転んだ俺の所まで歩いてくると、皮手袋を着用した手を俺へと差し出す。
「年寄扱いするな」
自身の服を手で払い、勇者の手を取ることなく立ち上がる。
どうやら脱臼しちゃいないようだ。
我ながら無駄に丈夫な身体だと思いながら、俺は勇者を睨みつける。
「おい、お前が勇者ってのは本当か?」
「ええ。瞬敏の勇者アギィとは、僕の事です、見慣れぬ異国の風のおじいさん?」
こんな女々しくて殴られた事も無さそうな顔をした奴が勇者だと言うのにいささか腹が立ったが、俺が物申してやりたい所はそこじゃない。
「なんで無抵抗の魔族を切り殺した」
「変な事を聞きますね? 人魔戦線を体験されてるご年齢だと謁見いたしましたが、他国とは言え、まさか魔族の危険性を知らない訳では……ありませんよね?」
パーマの掛かった金髪の前髪をさらりと掻き上げ、アギィは応える。
一々鼻につく野郎だ。
「……てめぇ」
……昔から曲がった事が許せず、外道が許せない性分だった。俺の中に染みついた任侠と言う精神は、まだ俺が幼き頃戦火に散った父親譲りだろう。
知性の有る魔族は殺さず殴り飛ばし、魔族の女子供は絶対に手出しをしなかった……。
だが……そんな下らない熱意を燃やした所で何になる。
「……なんでもねえよ」
イディアを救えなかった五十年前のあの日から、俺の心と拳は枯れ果てたんだ。
「どうやら聞き間違いだったようですね。よかった、私も老人に魔族関与尋問に掛けるのは良心が痛みます。気を付けてお帰りください」
「……ッケ」
「では報告に向かいます。皆様アディオス」
勇者アギィは颯爽と踵を返すと、俊敏の名の通り目にも止まらぬ速さで走り出し、遅れて湧き立った周囲の歓声を聞くことも無く何処かへ消えて行った。
…………俺がこの世界から消えて五十年。
世の中という物は、大きく変わっちまったらしい。
◇