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雑草の才能  作者: 真友
6/6

NEVER

 僕は走った。

 ただ、あの場所を目指して、普段の倍速以上のスピードで都会の街を駆ける。

 目的地は分かっていた。

 彼女の居場所は、モグに言われなくても、すぐに理解できた。

 絶対にまた来よう。そう約束したものの、二度と行く事が出来なかった場所。

 きっと、そこに。

 ぐんぐんスピードが上がる。

 三倍速、四倍速、五倍速まで来たところで、スピードを制御し切れずに転倒した。

 死人である僕の体は、亡霊の様に通行人を擦り抜け、住宅を擦り抜けてゴロゴロ転がっていく。

 何かに捕まる事も出来ずに転がり続け、しばらく滑った後に、ようやく静止する。

 今の僕の体は何一つ痛みを感じなかった。

 すぐさま起き上がり、再び走り出す。

 僕が死んだ日の朝、モグは確かに言った。

 もうすぐ会えますよ、と。

 その言葉が本当なら、嘘をつかないモグが今も嘘をついていなかったら。

 僕の事をそこで待っているのか。

 そう考えれば、立ち止まる時間の一秒が惜しかった。

 我を忘れて走り続ける。

 今度はスピードが上がっても転倒せずにいられた。

 歩行者用の信号機が点滅して赤に変わる。それを無視して走った。

 誰も僕を見る事が出来ないのだから、わざわざ立ち止まる必要もない。

 今までの人生を思い返してみれば、辛いことしかなかった。

 いつだって劣等感にまみれて、誰からも必要とされず、誰も僕の事なんて見ていなかった。

 今の状況と少し似ていると思った。ただ違うのは、あの時は、僕の姿は見えていたという事。

 見て見ぬ振りをされてきたという事。

 そんな僕を唯一見てくれて、愛してくれた人。

 そんな貴方に、会いたい。会いたい。


「会いたい」


 そうして、一体どれくらいの距離を走ってきたのか。ようやく、あの巨大な観覧車が見えてきた。近づけば近づくほど、見覚えのある景色が広がっていく。まるで、五年前にタイムスリップでもした気分になった。

 彼女との約束の場所。その遊園地には、不思議と一人も人がいなかった。アトラクションの乗り物も全て動きを停止していて、不気味なほど静まり返った園内を歩く。

 自分の足音だけが反響する中、ふと、遠目に人の姿が見えた気がした。

 気のせいかと思って目を凝らすと、花模様が浮かんで見えた。


「あ……」


 ゆらゆらした足取りで、ゆっくりと影の方へと歩み寄っていくと、それは確信に変わった。

 近づく度に、輪郭までハッキリと見えてくるその姿は、五年前と全く変わっていなかった。夢かと思って、目をこすってみても消えないそれは。誰よりも、何よりも愛した。


「咲季!」


 紛れもない、彼女の姿だった。

 ニコリと微笑んで、咲季が口を開いた。


「久しぶりだね。広夢」

「あ、あぁ……」


 ようやく会えた。

 五年ぶりに見るその姿も声も、それこそ、僕がこの世で一番求めていた物だと思った。才能なんて、下らない。

 言いたい事は沢山あった筈なのに、何故か上手く言葉にする事が出来ず、ただ声にならない声で泣くのが精一杯だった。


「あはは、泣きすぎだよ。変わってないね」


 変わってない。全くその通りだ。僕の中の時間は五年前から止まり続けたままだったから。でも、今はそんな事どうだってよくて。僕は彼女を抱きしめた。


「会えて、よかったぁ……!」

「うん、私も嬉しいよ。勝手に死んじゃってごめんね」


 感じた彼女の体温は、今までのどんな温もりより暖かった。

 だが、謝るのは彼女ではなく僕の方。何も出来なかった僕の方だ。


「守ってあげられなくて、ごめんな……!絶対に守ってあげたいって思ってたのに……!」


 涙を流したまま、僕は彼女に謝罪した。

 泣きながら謝るなんて、どんなにカッコ悪い事だろうか。ましてや、女の子の目の前でだ。他の誰かが見たら失笑するだろう。

 周りに誰もいなくて良かった。と思った。


「じゃあ」


 咲季は、笑いながら言った。


「これから、守ってね?」


 悪戯に笑う彼女を、もう一度抱き寄せ、約束した。


「うん、絶対、絶対に約束するよ」

「絶対?」

「絶対だよ」

「約束ね」

「約束するよ」


 そして、彼女の小指と、僕の小指が絡まった。

 まるで、小さな子供のような無邪気な声で、彼女が言った。


「ゆーびきーりげーんまーん……」


 少し遅れて、指切りげんまんだと言う事に気づく。指切りなんて、もう何年もやっていなかった。


「ゆーびきったっ!」

「早くない!?」


 しかし、歌詞のほとんどをカットしてしまっていた為に、久しぶりの指切りは、ほんの数秒で終了した。


「だって、全部歌ってたら時間かかっちゃうでしょ?」


 あっけらかんと言う彼女が、なんだか可笑しくて笑ってしまった。


「あー、なに笑ってんのー?」

「あははっ、ごめんごめん……」

「もー、ちゃんと約束守ってよー?」


 怒ったように彼女が言う。少し前まで当たり前だった日常が戻ったような気がした。

 僕が「守るよ」と言うと、咲季は再び笑顔に戻ってくれた。


「でさ、私達はこれから天国にでも行くのかな?」

「うん、偉い神様がそう言っていたよ」


 僕は、しばらくの期間を共に過ごしたウサギの事を思い浮かべて答えた。あの気まぐれな死神は、今頃何をしているんだろう。


「じゃあ最後に、あれ乗ろうよ」


 彼女が「あれ」と指差した方向にあるのは、日本一大きい観覧車だった。

 ゆっくりと回るそれは、どこか僕達を誘っている様で、まるで天国に繋がる乗り物に見えた。

 これに乗れば、僕達はこの世からいなくなる。

 彼女も、その事を理解して言っているのだと思った。

 僕は頷いた。


「じゃあ行こうか!」


 咲季が僕の手を取って歩き出す。遅れて僕も歩みを進めた。

 近くで見る彼女の後ろ姿は、服の花模様よりも華やかに見えた。

 これから僕達は消えてしまう。それを不幸だとは思わなかった。

 再び彼女と一緒になれるなら、これ以上の幸福はなかったから。また、こんな風に幸せな時間を過ごせる事から、僕の人生は美しいのかもしれない。本気でそう思えた。

 そう思いながら、僕達は観覧車に乗り込んだ。

 ゆらゆらと観覧車が動き出し、この日、今までの誰よりも幸せに、僕達は二人で一つの生涯を終えた。

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