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雑草の才能  作者: 真友
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不思議なウサギ神様

初めまして。少しだけ時間を下さいな。

 努力、という言葉が僕は嫌いだ。

 だって、努力する事は辛い事、大変な事なのに報われるとは限らないからだ。僕に至っては、報われた事など一度もなく、いつも失敗に終わってばかりだ。

 なんて都合の悪い話だろうか。と、僕は思った。

 この世界を作った時に、神様とやらはこの理不尽に気づかなかったのか。

 せめて、ある程度の努力を積み重ねた人間には、何かの才能と積み重ねてきた努力を交換出来るような機能があってもいいのではないか。

 まるでコンビニのスタンプラリーみたいに。

 なんて意味のわからないことを考えていると、ほとんど眠れずに気づけば朝になっていた。


「もう朝なんだな……」


 布団から起き上がり、スマートフォンの画面を開く。

 画面に映った水曜日という文字を見ると、ため息を吐かずにはいられなくなった。

 先週の日曜日から随分と日付が過ぎた気がしているのだが、実際は三日しか経っていないと思うと、憂鬱で仕方がなくなった。

 どれくらい憂鬱かと言うと、全く勉強してない時のテスト当日くらい憂鬱だった。いや、そんな生温いものじゃない。確実にそれ以上だ。

 その拍子に、寝室からリビングのわずかな距離を歩いただけで全身に疲れが回って倒れそうになる。

 そんな僕の気持ちなんて置き去りにして、どんどん時間は過ぎていく。冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを啜りながら一枚の写真に目を向けた。

 その写真は、初めて出来た彼女と初めてのデートに行った時に撮った物で、少しぎこちない表情の僕の隣に、太陽のように眩しい笑顔を浮かべる彼女が写っていた。

 それは、もう写真上でしか見ることが出来ない彼女の笑顔。

 彼女は、五年前に突然僕の元を去ったと思えば、それっきり連絡もつかなくなり、事実上の失恋ということになってしまった。風の噂だと、田舎に向かったらしいが真相は分からない。

 女々しいのは承知の上だが、五年経った今でも、写真は別れる前から飾ったままにしている。これをどかしてしまったら、別れたという事実を受け入れてしまうようで怖いのだ。

 そんな昔話を思い出してぼんやりしていると、早く起きたはずが、気付けば出社の時間になっていた。

 いっそのこと仮病でも使って休んでしまおうか。どうせ僕なんかがいなくても全く困らないだろうし……

 負の感情が頭の中をぐるぐる駆け巡る。そのとき、


「おはようございます」


 一人暮らしの僕の家から、僕以外の声がした。声の方向に素早く振り返ると、そこには真っ白のもふもふしたものがあった。これは……ウサギ?いや、少し違う。見た目はウサギそっくりだが、大きさが全く違った。普通の個体の四倍はあるだろうか、ウサギにしては大き過ぎた。


「どうかしましたか?ぼーっとされてますけど……」

「え?あー……えっ?」

「自己紹介がまだでしたね。私はモグと申します」


 突然現れた白い物体は、小さい頭をぺこりと下げ、「よろしくお願いします」と付け加えた。


「モグラじゃないですからね。モグですよ!」

「あ、はい……」

「あれ?今の面白く無かったですか?」


 その、モグとやらは礼儀正しく挨拶してきたかと思えば、急に上機嫌に話しかけてくる。こっちはいきなり得体の知れないウサギみたいな変なものが出てきたかと思えば、何故か喋り出すのダブルパンチで動揺してるっていうのに。


「その様子だと、何が起きているのか分かっていないみたいですねー」


 モグが細長い耳をぱたぱたさせながら言う。全くだ。誰だおまえは。何だこの状況は。


「貴方は選ばれたんですよ」

「……誰にですか?」

「私にです!」


 いやお前にかい。心の中で激しいツッコミを入れたと同時に、あまりに拍子抜けな展開に肩を落とした。

 貴方は選ばれた、なんてゲームとかアニメとか漫画によくありそうな台詞を言われたものだから、勇者にでもなれるのかと期待してしまった自分が嫌になった。(僕は異世界転生ものが好きなのだ)


「ちょっと!なんですかその顔!こんな謎の生命体から選ばれても嬉しくないなーみたいな顔!」

「す、すいません」

「まったく……ヒトがせっかく貴方を幸せにしてあげようとしてるのに……」

「幸せにする?」(ヒトでは無い気が……)

「あ、やっと興味持ちましたね?」


 モグはすぐさま機嫌を直して言った。


「貴方は悩んでるみたいですけど、実は、貴方みたいに特に何の才能もない人って結構珍しいんですよ」

「はあ……」

「普通は、どんな人間にも何らかの長所、得意な事があるはずなんです。簡単に言うと、全然勉強出来なくて運動も出来ないけど、やたら絵が上手い人みたいな感じです」

「なるほど……確かにそういう人いますね」

「他にも例を挙げるとキリがないくらいそんな人は沢山います。それなのに貴方には何も無いです。花で例えるなら雑草です」

「それ花じゃ無いんですけど……」

「そんな雑草さんを哀れに思って、私が現れたんですよ」

「雑草さんって!広夢です!白石広夢!」


 素早く訂正を入れたが、まるで聞く耳を持たない。その大きな耳は何の為についてるんだ。中に粘土でも詰まってるのか?


「見たところ、貴方、昔に別れてしまった彼女さんの事が忘れられなくて困ってるのでしょう?」

「どうしてそれを?」


 驚いた僕の顔を見ると、モグが笑いながら言った。


「なんで知ってるのかって?それは、私が神様の一人だからですよ」

「は?神様?」

「そう、神様。残念な人間に幸福をもたらす、とっても優しい神様です!神様には、分からない事なんて何一つ無いんですよ」


 こんな具合で、この変な生き物が神様だと言うことが分かった。(あんまり信用していないが)神様って聞くと、白い髭を大量に生やしたサンタクロースの様な人間を想像していたが、実際には、人間の姿すらしていない事が判明した。


「で、神様が僕に何をしてくれるんですか?」

「それはですね――」


 モグが、ニヤリと笑って言った。


「貴方に才能をあげます。何でも一つだけ」

「才能?」


思わず聞き返した僕に、モグは頷いてみせる。


「私の能力で、貴方を天才にしてあげます。そして、貴方の名が全国的に有名になれば、きっと彼女さんも貴方を見直して戻って来てくれる筈です!どうです?完璧な計画でしょう?」


 状況を整理しよう。今、目の前にサンタクロース……じゃなかった、変なウサギが現れて、変な事を言っている。状況は以上だ。


「でも、一つだけ条件が。」

「条件とは?」

「この能力は、いくら私でもノーリスクで発動する事は出来ないんですよ」

「代償が必要、と言うことですね」

「そういう事です。物分りいいですね」


 いつの時代も、タダでは幸せは掴めないものだという事はよく知っているので、すんなりと理解出来た。


「その代償とは、貴方の命の十年です」

「じゅーねん、ですか」


 十年有れば何ができるだろう。頭を働かせて考えてみる。オリンピックは二回開催出来るし、僕の好きな新作のゲームが沢山発売されるに違いない。はたまた、世の中がもっと豊かになっているかもしれない。

 才能を得るために、そんな十年の命を削るのは大きなリスクだろうか、それとも安いものなのだろうか。この時の僕には分からなかった。

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