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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
この血に響け、祝ぎ歌よ
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1 - 08 青年の決意



   ※



 『隊長』は腕組みをして、顎で遠ざかる娘の背をしめした。いや、本人をさしたというより、誠実さに欠けたあいさつをさしたつもりだった。


「おまえ、ありゃ何だと思うよ、ブラン」


 意見を求められた青年には、シラ特有のあいまいな表現は伝わらなかった。青年はうなじに片手をあて、頭をかしげる。目をすがめて娘のうしろすがたを見遣る。


「何って、甘やかされて育ったお嬢さんだろう。たぶん、貴族のお姫さまだな」


 ふぅむと、『隊長』は突きだした顎を撫でた。まだ、俗語を使うのもよしたほうがいいかもしれない。

 あの娘がいいところの子どもなのはわかった。だから、誤って迷いこんだのだと思って、繁華街の外へ連れていってやろうとしたのだ。だが、いまひとつ納得できない。

 『隊長』はすぐに口をひらいた。


「どうして貴族だとわかるんだ」

「第一にきれいな子だったこと。貴族は美人の娘をやりとりするのが大好きな輩だからな。生まれる子も当然、きれいだろう。第二に長剣の柄の部分と、外套の肩についていた釦に同じ紋章が入っていたこと。ちなみに、あれはどちらも純粋な金属製だな。最後にだめ押しするなら、薄汚れてはいたけれど、着ているものの質がとてもよかった」


 シラの国内では、鉱物がまったくといっていいほど産出されない。そのために製錬技術も加工技術もすっかり廃れてしまった。シラで行われるのは、貨幣の鋳造のみである。

 現在に至っては、出回る金属の工芸品のほとんどが国外でつくられている。元の値に輸送などの手間賃などがくわわるせいで、金属の品は総じて高価だ。そうやすやすと庶民が手をだせるものではない。

 たずさえていた大きな長剣ひとつ、衣装にあしらわれた実用的でない金具ひとつを見れば、あの娘は身分の高い者か資産家の令嬢だと推論が立つわけだ。

 指折り数えて根拠を示した青年の脇腹を、女が思いきり肘先で突いた。否、突こうとした。目の前で他の女性の容姿を誉められたのがお気に召さなかったのだ。青年はわざとてのひらに攻撃をうけ、女を軽くいなした。

 それなりに論理的な説明に、『隊長』は自己流の賛辞を送った。


「前から思ってたが、おまえ、目ざといな。ふつうはそこまで観察しねぇぞ」

「……もうすこし、他に言いようはないのか?」


 あきれたようにいって、行ってもいいだろうかと問いたげに、青年は『隊長』を見た。その表情にこたえ、『隊長』は鷹揚に笑った。


「おぅ、邪魔してひきとめて悪かったな。たのしんでこい」


 さきほどの怒りも忘れはてたようすである。つくづくおおらかな男だと嘆じながら、青年は横目で旧城の屋根をとらえる。

 あの短いやりとりのあいだに紋章や布地の質までたしかめていた青年である。少女がここに来た大まかな経緯や目的に気をむけないはずがない。傍仕えの者もつれずに十四、五歳の令嬢が町を歩かねばならなかった理由が、彼には大体つかめてしまっていた。

 しかし、いま、この町には自分たちがいる。


「これは、ひと雨来るな」


 つぶやいた青年のことばに、女が鼻にかかった声でこたえる。


「そうねぇ、ほんと、なんだかうす暗くなってきちゃったわね。降られちゃ嫌だし、宿に急ぎましょ?」


 うながされて、つくった微笑をくれてやりながら、青年はもう一度、気遣わしげに旧城の方角をみやった。



   ※



 夕方の空を埋めつくしていたのは、雨雲であったらしい。時間が経つにつれて、道端の陰は色を濃くした。霧雨が降りだしたのはいつごろからだったのか。

 少女は鍍金のほどこされた門扉にすがりついた。蔓をかたどった門の飾りに、冷えて色を失った指をかけ、握りしめる。もう一度、声をあげようと口をあけたが、叫ぶことはできなくて、かすれた息が抜けるだけだ。いらだって戸を揺すると、水滴が流れ落ちて爪先を濡らした。

 強ばった手を門から剥がして、うつむいた。吐いた息が外気に白くけぶった。

 旧城の前の広場にはさきほどまで見物客がちらほらいたが、雨にうながされて、みな帰ってしまったようだった。どの家の戸もかたく閉ざされているのを見て、少女はくちびるを噛んだ。

 眼前の門のあちら側には屋敷がある。ほのかに明るいひかりがもれて、少女の視界を照らしている。ときおり、窓掛けのむこうから、こちらをうかがう人影すらある。それなのに、いくら呼びかけても、屋敷内の者は小者ひとりとしてでてこようとはしなかった。

 一度、最初の一回だけ応じた掃除夫も、少女のことを信じはしなかった。

 小さく軽い雨粒に押されるように、少女は地面に両膝をつき、腰を落とした。くやしさに握りしめた手で地を打つ。水たまりからしずくが飛んで、膝にかかる。その冷たさも、雨に打たれつづけた身にはわからない。

 ぱしゃ。

 二度目には石畳のあいだの泥がはねた。手が黒く汚れる。雨が洗い流す。それを見下ろしていたら、地に押しつけたこぶしの先に、人の足が見えた。少女は顔をあげ、相手をたしかめる。

 白い。染めにだす前の絹布の、なめらかな生成りにそれは似ていた。母が手ずから布地を裁って、産着をしたてて友人に贈ったのを、ぼんやりと少女は思いだしていた。

 白と見えたのは髪だった。腰までの白髪の主は少女の前にかがみこんで、頭をなぜた。


「どうした、お嬢さん、こんなところで」


 思わず見つめかえした瞳は紅かった。やさしい口調で問われて、少女は腰をあげる。ひざまずいたまま、彼の服の裾をつかんで、


「……助けて」


 そう、請うていた。何もいわずに驚いたように自分を見下ろす表情に力を失いながら、少女は繰りかえした。


「助けて、ください」


 青年は、静かに手を差し伸べた。少女が動かないでいると、腰を抱きあげるようにして、地面から引きはがした。


「女は、男の前に膝をつくものじゃないだろう。頼まれなくても助けてやるさ」


 軽く請けあったことばを耳にしたとたん、少女はぱっと身を離す。やっと、相手が男だということに思いいたったのだ。そのしぐさに、対する青年は心外そうな顔をする。


「そういう意味じゃないって。で、どうすればいいんだ」


 少女はじっと値踏みするように青年を見つめて、すこしばかり婉曲にたずねかけた。


「あなたは、腕が立つのか?」

「ああ、そこらのごろつきよりは」


 その答えをきくなり、少女は持っていた剣を突きだした。雨のなかにさしだされた剣の鞘の表面をしずくがすべった。

 青年がそれに目を奪われたのを見て取って、少女はいった。


「これを礼としてお渡しすることにしよう。私に、ついてきてほしい」


 まっすぐに言いはなった少女に、一拍遅れて、青年はうなずいた。こちらを見た彼の面には、何か決意に通じるものがあった。だが、そのことに、少女はまるで気がつかなかった。

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