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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
青嵐よ、君の傍らへ
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4 - 10

 船はひっきりなしに着岸し、出航する。港はどこもかしこも乗降客と積み降ろしする荷物とでごったがえしていた。

 身分も年齢も性別も国籍もさまざまだ。シラ王国内で、これほどの外国人をみる機会はないだろう。なんていったって、王都には生粋のエレブ人は入れないのだから。

 これだけの人数となると、出入国や出入港の管理も一苦労のようで、さっきから若い役人が荷物を飛び越えるように駆けまわっている。威厳も何もあったものではない。

 制服の帽子を海風に持っていかれないように片手で押さえ、脇には帳簿、手には筆記具を握り、青い長衣の裾をからげて、うさぎのように跳ねている。なかなかの体力である。

 荷のほうも、大小さまざまだった。さすがに背丈ほどのものはめったにないけど、まったくないわけではない。一度、運ぶのを手伝ったが、数人がかりでやっと持てるような重さだった。たぶん、あれは外国製の家具だったのだと思う。箱にはサフィラとあった気がする。陸路よりは海路のほうが運搬にお金がかからないからだろうけど、なかなか大変そうだった。職人までついてきていて、お屋敷で組みたてるのだと苦笑していた。

 いま降ろしたばかりの荷のひとつを肩に抱えあげる。これは小さい部類に入る荷だ。安定を得てから周囲をみまわすと、自分と似たような恰好の少年がたくさん走りまわっていた。荷運びに雇われるのは、あのくらいの男の子がいちばん多い。

 入港が遅れていた船の荷だった。包みにかかれていた店の名は『ライラ』。届けてきまーすと、船にいる雇い主へ声をはりあげ、人波を駆け足で縫う。

 『ライラ』へは、もう何度か足を運んだことがある。いわゆる料理屋というやつだ。料理を売るのを専門にする店は、王都にもない。花柳の『猫の額』屋は家庭料理も茶菓子もだすが、あれはもともとが酒場だし、主たる収入源は酒や女郎の斡旋仲介料だろう。

 そのあたり、『ライラ』は徹底していた。商売女は店に入れてもらえない。同伴もだめ。酒はだすが、すぐ酔いつぶれるような強い悪酒ではない。料理の風味を損なわないような酒だ。食材は厳選してあるし、貴重な舶来の香辛料をふんだんにつかってあるのが売り。それでも、けっこう繁盛している。

 そう、この肩の荷は香辛料や食材なのだ。今回は小さめでもずっしりくるから、岩塩のかたまりや何かもしれない。

「おつかれ、ルゥ! あとどんくらい残ってた?」

 しごと仲間の少年が声をかけてきた。またひとつ届け終えてきたのだろう。ルゥという耳慣れない呼び名に反応が遅れて、あたしは半歩行き過ぎてからふりかえった。

「三箱! すごく『軽そう』なのが残ってる」

「うへぇ、この辺ぐるぐるしてようかな」

 少年は肩をおとして天を仰いだ。おどけたしぐさで手をふって、ことばとは裏腹にたっと走りさる。

 こちらもふりかえして、さっさと『ライラ』にむかう。ひと箱くらいは手伝ってあげたい。

 店の戸がみえる。看板には生肉とラウレルの葉と胡椒ビンが描いてある。一見して、何の店だかわからない。その表口の脇の路地を行き、肩の荷を持ちかえ、裏口の戸を叩いた。

 木戸はすぐに内側へ開いた。口ひげの男が前掛けをしたまま、顔をだす。あたしは荷を両手で手渡し、受取証と練粉の箱をだした。

 練粉ってのは、この港町特有の便利品だ。他ではみたことがない。何でできているのかもわからない。化粧に使う紅みたいなもので、これで受取証に拇印を押してもらう。

 『ライラ』の主人はここでの反応が面白い。練粉に触るのが嫌なようで、あたしに押させるのだ。毎度そうなので、すっかりこちらも慣れてしまった。

 料理人だからっていうのもあるだろうが、うすよごれたあたしには平気でさわるから、ほんとのトコはよくわからない。

 礼がわりのように、ぐしゃぐしゃっと頭をなでられる。今日も機嫌がよさそうだ。

「ありがとうございました!」

 こちらも一礼。港へ駆けていこうとしたところを呼びとめられた。声を聞いて、あたしはたちどまる。何か不備があったかと思って、あわてて主人の前にもどると、彼は前掛けのかくしをごそごそやって、一枚の紙切れをだした。あたしに渡してくれる。

「これ、どなたが」

 訊こうとしたら、主人はくちびるにひとさし指をあてた。

「とにかく、そこへ行きなさい」

 風のような音でいい、戸口をゆっくりと閉じる。それ以上、何も訊くことができず、あたしはただ渡された紙切れに目をおとした。

『五番街 木の芽二階 ルゥへ』

 それしかない。さしだし人の名もない。

 あたしは胸騒ぎがして、紙切れを四つ折りにした。鞄のいちばん奥の隙間に隠して、何でもない顔で港へともどった。



 荷運びとして雇われたのは、四日ほど前だ。

 クートについたあたしは、誰に何を聞かなくても、しばらくここにいるべきだと感じていた。

 そのとき、ナギはつかまっていたのか、そうでなかったのかもわからない。陛下の依頼はぜんぶ済んでいるのかもしれないし、これからもまだ当分こきつかわれるのかもしれなかった。

 ここでは、あたしは何にも知らないただの旅人だ。とりあえず、クートの町の構造を頭にいれることにした。そりゃ、港町だから、船乗り相手の店が多いとか、法則性はあるだろうけど、そういうことでなく。

 町のつくりがわかれば、町の住人同士の関係もみえてくる。ごろつきではない裏稼業の者がどこに棲みつくのかもわかってくる。そうしたら、ナギのゆくえはともかく、大将の動きは調べられるだろう。

 かりそめのしごとに荷運びを選んだのは、そういう理由だ。さいわい手が足りなかったようで、すぐに雇ってもらえた。いま、「ルカ」が外を出歩いていては困るから、ルゥと名乗った。毎日、町じゅうを歩きまわるから、すっかり土地鑑も得られた。町娘のふりは着る服もないし、難しいけど、町の子どもなら、なんとかなりそうだ。いえ、この年で子どものふりってのも大概辛いワケですが。

 単なる旅人では、入れない区域ってあるのよね。よそ者は排除されて、たちいれない空間。そういうのの入り口は、一見してふつうの店にあることが多い。誰でも自由に入れて、でも、一定線より先には踏み込めない。うかつに足を踏み入れれば、命も危ない。

 そこで、『ライラ』のご主人の話になる。まさかあたしも、行動を起こす前にこんな連絡をもらおうとは思ってもいなかった。

 『ライラ』も「ふつうの店」のひとつなのかしら。一回きりでは断言できないが、可能性はあるとしておこう。

 あたしは荷運びのしごとを終え、日当をもらうと、紙切れにあった住所へ遠まわりでむかった。

 五番街は港から道一本で行ける。まっすぐむかっては、仲間の少年たちや雇い主に行き先が知れてしまうからだ。

 クートの港には五本の道が直角に交わっている。道は東西に直線に走っていて、その道沿いを北から一番街、二番街と呼ぶ。あいだの路地を入るような家々をさすときは一番街の南東などと言いあらわすのだ。

 紙切れには東西南北の指示はない。表通りの店らしいから、場合によっては店に入るのが丸見えになる。さすがのあたしも娼館なり連れ込み宿なりに入るのをみられて平気なクチではない。確実に、翌日の作業に障る。見かけたのが少年たちなら、なおさらだろう。

 あたしは用心しいしい五番街に舞いもどり、『木の芽』という看板をさがした。絵の看板というものは店の名そのものを示さないことがあるから困る。

 『木の芽』は存外に見つかりにくかった。店の名ではなかったのだ。蔦模様の窓枠のある瀟洒な占い屋だった。木の芽も確かに描かれている。あたしはそれをたしかめて、正面からのりこんだ。

 昼間の作業の邪魔になるから、短剣は鞄に入れてある。人によっては港で働く少年のようにみえるはずだ。もちろん、女だとも二十歳過ぎだとも見抜かれるときはある。でも、大半のひとはそんなにじろじろ人を見ているものでもない。

 狭い店だった。亜麻色の髪を緩く三つ編みにしてたらした三十路女がひとり、奥に腰かけていた。窓枠の影がうまい具合に刺青のように顔や鎖骨を彩っている。彼女は頬杖をついてあたしをみやった。右肩をくいっとすくめて頬によせ、腕組みをする。

「こんにちは。……二階を、使ってもいい?」

「あなたがルゥ?」

 女の声ではなくて、あたしは内心飛びあがるほどびっくりした。目の前にいるの、男のひとだ。彼は立ちあがる。肩幅は広くないけど、背は高かった。あたしよりもずっと。

 近寄ってきて、あたしの顎をつかむ。上向かせられるけど、微妙に怖くて逆らえない。それでもあたしなりに対抗心を燃やして、じっと目をあわせてみる。

 彼は小鼻にしわをよせて、あたしをのぞきこむ。

「女じゃないの。ねーぇ、ガーウィ、これって詐欺じゃなぁい? アタシ、男の子だっていうから店を使わせたのよ?」

 語尾をあげて文句をいう彼に、二階から『ガーウィ』が降りてきた。

「しかたねぇだろ、こっちだっていまのいままでしらなかったよ。兄さんが呼べっていうから呼んだまでだ」

 刈り込んだ濃い目の金髪に日焼けした肌が印象的な男だ。ガーウィは初対面のあたしにほいと気軽に片手をさしだした。握手するつもりらしい。あたしはその手を握りかえすだけして、名乗りも挨拶もしなかった。

 彼は気を悪くした風もなく、手招きしてあたしを二階へ誘う。

「ここでは話せない用事? できれば二階は行きたくないんだけど」

 敵味方もわからない状況で、逃げにくい二階へむかうのはごめんだ。

 こちらの考えがわかったのか、ガーウィは肩をすくめてひとりであがっていく。首謀者が他にいるのだろう。呼ぶか、相談するのだとみて、あたしは階段脇の柱に背を預けた。横をむいて、三つ編みの彼と目を合わせる。

「悪いわね、もうすこししたら出て行くから」

「あたりまえよ、女なんてだいっきらい」

「じゃあ、なんで女の格好やしゃべりかたをしているの」

 こちらがおもしろがって訊くと、彼は得意そうにする。

「だぁって、当の女よりも似合うんだもの」

「あー、まぁ確かに。でも、女に見えるわね」

 さくっと切り込むと、彼はいくぶん傷ついたようで、わなわなとくちびるを震わせた後、奥の椅子へよよと崩れた。

 その背をみて、してやったりと意地悪く笑ったあたしの髪を、誰かが強くひっぱった。ふりかえる間もなく、うしろから腕がのびてくる。階段へひっくり返って、抱っこされた。

「伸びたんだな、髪」

「またそこでウルとおんなじこと言う」

「名で呼ぶのか、あいつのこと」

「うん、なりゆき」

 からだにまわる蜜色の腕。あったかい。

 あたしは無理やりむきを変えて、階段に膝立ちして、首に手をまわした。ぎゅっと抱きつくと、涙がでそうになって、まばたきをくりかえす。

「約束、いますぐ撤回する。なしよ、なし!」

「なくても、死に物狂いになるけど?」

「莫迦ぁっ」

 頭を撫ぜてもらって、ちょっと落ち着いて身体を離すと、ガーウィがナギのむこう、何段か上に立っていた。思わずふたりで見あげると、彼はしばらく黙ったあと、

「感動の再会なんだろ? そのあとはないのか、くちづけとかなんとか!」

と、両手を広げて主張する。そういうのが気になるお年頃なんだろうか。

 あたしはナギと目を合わせた。紅の瞳が「こういう奴なんだ」とあからさまに言っていて、脇をむいてぷっと吹いてしまう。口元を押さえながら、てのひらをふった。

「あなたは、お兄さんやお父さんに愛をささやくの?」

 苦笑気味にたずねたら、彼はようやくあたしたちの関係を正しく理解したようだった。

「ガーウィ。『ルゥ』だ、俺の妹分」

「……ガウェインだ」

 略称を言いなおして、ガウェインは気まずそうに階段をのぼっていく。ナギの手に押されて段に足をかけると、三つ編みの彼があたしを押しのけてあがろうとした。

 ナギは呆れながら、目元で笑う。あ、これ、特上の笑顔。

「クレア、そう嫌わないでやってくれ」

「無理いわないでよ」

 ちょっと目尻を赤くして頬をふくらませ、クレアは先に行く。男のひとだとはわかってるんだけど、そのしぐさは妙にかわいかった。

 あたし、それを目にして、ナギをじろっとかえりみる。ナギは視線だけをおろして、

「武器だって言っただろう?」

悪びれないようすで囁き、あたしを上へとうながした。

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