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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
青嵐よ、君の傍らへ
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4 - 07

 マシューは腕を組んで椅子に腰掛け、右肩だけをすくめてみせた。そういうしぐさは珍しい。彼はいつでも姿勢がいい。くだけた体勢はしないのだ。

 あたしは彼の瞳を見つめる。彼は表情もなくこちらを見返す。延々と見つめあっていたが、先に音を上げたのは、残念なことにあたしのほうだった。

 伸ばしていた背中が痛んで、顔をしかめる。あたし、視線を外し、手で背中をさする。それを目にして気が抜けたのだろう。マシューは詰めていた息を吐いた。

「あれだけの建材の下敷きになって、よく生きているな。怪我ひとつ無いではないか」

「あいにく体は頑丈なの。死にかけたのはこの目をやったときだけだもの」

「華奢なのは見た目だけか。着飾る気があれば、もらってやるのだが」

「冗談。仲間と床で顔を突きあわせるのなんて、ごめんだわ」

「違いない」

 マシューは笑い、腕を解いた。がっしりとしたてのひらで自らの膝を覆うと、こちらへ身を乗りだす。やや真剣な表情になり、声を低めた。

「オレの任務の予想はついたか?」

「そうねぇ……、中尉さんの補佐、かしらね」

 にっと、くちびるを左右に引いたが、彼はことばでもしぐさでも答えを明らかにしない。あたしはそんなものだろうと思っていたので、黙って続きを待った。

「殿下の独断で派遣されたのはオレだが、陛下やお偉方のお考えで付けられたのは君だ」

 肯定をふくむ返答。でも、マシューが口にしたのはそれだけではない。

「マシューはそう考えていたってわけね」

「おそらく中尉には何の説明もされていない。オレが中尉から聞いたのは、君の本名と囚われた経緯だけだ。だが、他でもなくいま、戦闘用のアシュドド城砦に、なのだぞ」

 あたしは顎に手をあてて、すこし考える。

 頭脳として、なんて言えるほど、あたしに価値はない。買いかぶってもらっては困る。コーファのときは偶然、似たような戦術を思いだしただけなんだもの。上層部との連絡路は寸断されていた。自分たちでどうにかするしかなかった。そこへ応用できる地形と状況と、聞く耳をもった上司がいた。それしきのこと、他の人だってできたのだ。

 いまは違う。言ったとおり、あたしは攻城戦への対策は立てられないし、篭城だってしたことがない。あたしは単なる人質で、それ以下にはなりえても、以上にはならない。

 そこまでたどりついて、あたしは嫌な気分に襲われる。

「マシュー、ひとつ、意見を聞きたいわ」

 言ったところに、中尉さんが戻ってくる。あたしはとりあえず口を閉ざし、渡された短剣の重みにほっとする。

「ありがとう、レンスフィールド中尉」

 中尉さんは変な顔をした。それから、多少悩んだふうを見せて、こちらに提案する。

「他の兵士がいないときは、サマリアと呼んでくださって構いません」

 意外なことばに、あたしはうれしくなった。

「じゃあ、あたしのことはルカと呼んで。本名は呼ばれつけていなくて、居心地が悪いの」

「承知しました」

 敬語は堅苦しいなと思ったけれど、そこはそれ、まだあまり話したこともないし、言わないでおく。

 あたしはマシューと目を合わせ、ここで話を続けてもよいものかと了解を取る。彼はあたしの意図にすぐに気がつき、小さくうなずいた。

「近衛大将の領地がどこなのか、知っているわよね?」

 改めて問うと、サマリアが何をいまと言いたそうに即答する。

「クートです。海洋に面した土地で、巨大な港湾都市を持っています」

「そう、ポントス海以外からの船もやってくることで有名ね。そこと王都とアシュドドの位置関係は把握できる?」

 王都は北寄りだが、ほぼシラの中央に位置している。アシュドドはその北北東に七十ファーリほどだ。クートはアシュドドの東、王都とおなじくらいの距離にある。王都からは北東にあたるだろうか。

「サマリアの赴任を急いだのは、人質の置き場所に困ったとか、そういうことじゃないわ。クートとアダルの両方へ睨みをきかせるために、アシュドド城砦はどうしても機能させておかなきゃいけなかったのよ」

 こうなれば、中将がどう言って陛下たちをそそのかしたのか、推論が立つ気がする。彼は事務所で初めて会った日に訊いたのよ、「あなたが『隻眼のルカ』ですか」って。彼が使っていたのも第二の意味だったのだろう。

 中将はまさにマシューの言ったとおりのことを並べたてて説得したに違いない。お偉いさんたちにしたって、アシュドド城砦を正式な長も無しに放っておくことはできない。そこで、「効果があったら儲けモノのお守り」もといあたしの出番ってワケ。

 我がことながら、買いかぶられまくりの評価されまくりで居たたまれませんが。中将め、今度会ったら、真相を訊きだしてやるんだから。もちろん、手紙のお礼もするけれどっ!

 サマリアはあたしの言ったことをじゅうぶんに時間をかけて吟味し、結論を出した。

「持てるだけの情報の交換をしましょう」

「鼎談ということか」

「すてきね。あたしもマシューの頭の中身を見てみたいと思っていたところよ」

 この場ではいちばんの年長者たるマシューは片眉を上げ、年上の貫禄でさらりと返した。

「それはこちらの言うことだ」

「あら。だって、あの莫迦マシューくんがいつのまにどうやって殿下の信用を得たのか知りたいんだもの」

「ルカ、その呼びかたはもう止めてはくれまいか」

 いやよ。言ってからかっていたら、ふたり一緒に、サマリアに喝を入れられてしまった。

「国の危急のときに何をふざけているのですか!」

「……はーい、ごめんなさい」

 美人さんて怒るとド迫力だなぁなんて、謝りながら考えたら、ばれたらしくって、くどくど言われる。マシューがあいだに入り、さらに叱りとばされ。

 そうやってまわり道をしつつ、三人の情報交換を終えると、場には重めの空気が流れた。

 あたしは指さし確認しながら、すべてを整理しようと試みる。

「エドワード殿下はあの手紙や大将の件に関して知っているわけじゃなくって、アシュドドがカラになるのを憂いて、マシューを送りかえした。そうして、あなたはサマリアとあたしが着くまでの数日間、特に中央へ連絡もせず、ここに逗留していた」

「殿下は出国、東アダル帝国入国時に不審感を抱かれていた。オレひとり帰したところで、たいした力にはならないのだがな」

 到着が予定より数日遅れていたにもかかわらず、イェオール河岸の関所への問いあわせは無かったそうだ。それが気にかかると言う。

「──で、クートの港にはアダル製の武器を積んだ商船が停泊することがあって、以前から問題になっていた、のね?」

「陛下が大将閣下を問いただしていらっしゃるのを幾度か。もし閣下に叛意があるとのうわさを耳にしても、わたくしは信じませんが」

「やっぱり、人柄が?」

 サマリアは目で答える。銀の睫毛が瞳を押しかくす。うつむいて、彼女は言った。

「大将閣下は叛意など、決して、お持ちではない。豪胆で、おおらかな方です。部下の前で陛下に質されても、実に平然としていらっしゃいました。自分には後ろ暗いことなどないと、明言されていましたし、あとで陛下をお恨みすることもなかったでしょう」

「それはオレも保証する。あの方はシラのことしか考えていらっしゃらない。確信犯にはなっても、反乱軍の元締めにはなれないご性格だな」

「しかし、心配なのは取り巻きの質ですね」

 話題を締めたサマリアのことばがよく理解できない。あたしは視線でマシューに通訳を頼む。彼が呆れるほどの情報量を有していることに、今日だけで気づかされてしまっていた。

 思ったとおり、マシューはごく簡単に説明してくれる。

「閣下は前途有望な若人を手元に置くのがお好きなのだ。何かれと教えてはしごとや機会を与えておやりになる」

「私塾みたいね」

 まさにそのとおりだと、マシューは言った。

「いまは事態を静観するしかなかろう」

「ルカどのの言うとおりならば、陛下は早晩、なんらかの理由をつけて、大将を排斥するふりをなさるでしょう」

「ほんとにふりだといいけれどね」

 あたしは皮肉っぽく言い、口を閉ざした。

 笑いごとでも、冗談でもない。あの国王陛下サマなら、やりかねなかった。大将にひと芝居打とうと言って生餌にしておきながら、アダル派が釣れたところで、もろともに鎮圧、処罰してしまう。誘いをおおやけにしていないのを良いことに領地クートを没収し、一門を潰す。

 そうすれば、アダル派は掃討できるし、シラ最大の港は直轄領に入るし、自分に真っ向から反論する武将も居なくなるし、すてきよねぇ。ほんっと、ぞっとしないわ。

 なんと言っても、あの会議の場で、ちょうどよく大将が居ないなどと言ってのけた陛下なのだ。

 あたしは自分の考えで憂鬱になって、ため息をついた。マシューもサマリアもそれぞれに黙りこんでいる。ふたりとも、思うところがおありのようで。

「お茶、もらってくる」

 立ちあがると、ひさしぶりに腰がずっしりと重い。短剣の感触を指で確かめ、その手で戸を開ける。と、兵士がひとり、廊下を行ったり来たりしていた。

 どちらかと言うと、小者みたいな雰囲気だが、軍服を着ている。新米さんかしら。

「サ……じゃない、中尉に御用があるの?」

「あッ、わ、じ、自分は」

「遠慮せずに入れば良いわ」

 声をかけて、厨房へ行こうとすると、この兵士、なぜかこちらを引きとめようとする。

「どちらに行かれるんでしょうかッ」

 顔を真っ赤にしてまで叫んだ彼に、ちょっとたじろぐ。そんな大声でなくたって聞こえるのになぁ。きっと、中のふたりにも、この声は届いただろう。

「厨房へ、お茶を取りに」

「ご一緒します! あ、いえ、自分が代わりに取ってきますので、お待ちください!」

 威勢のよい返事に、あたしのうしろで戸が開いた。いまにも飛んでいきそうな兵士に、硬質な声がかかる。

「何をしている。貴様の任務はいつから給仕になった」

「は、あの、申しわけありません!」

 あたしの肩の上で、サマリアは呆れたような息をついた。首だけで振りあおぐと、目礼とともに紹介がなされる。

「門脇の塔の見張りです。この者がこちらに来たと言うことは、中央からの伝令が来たのでしょう」

 彼女のそのことばに促されるようにして、兵士は一歩踏みだし、さきほどとは変わって真剣な表情で封書をさしだした。

「隊長へのご指示だそうです。急ぎではないようです。鳥便ではありませんでした」

「他に、伝令のようすに目立った点は?」

「いつもの者ではなく、まるでエレブ人のような風貌をした男でした。陛下のご親筆の表書きがありましたので、信用いたしました」

 裏には王家を示す封蝋、封印などない。だが、この字だけはまぎれもなく陛下のものだと思われた。

「……ねぇ、その伝令って、まだ居る?」

「城砦内でひとまず休むように勧めましたが、これを届けて、すぐに帰っていきました」

 門へ向かおうとしたあたしの肩を、サマリアが片手で強く掴んだ。小さな子にでも言いふくめるように、静かに言う。

「自制なさい。ここから出すわけにはいきません」

 あたしは彼女を罵倒しそうになって、どうにかこらえた。握りこぶしをひらいて、表情を無理にやわらげ、肩の手をふりほどく。

「お茶、とってくる」

 歩きだすと、指示されたのだろう、見張りの兵士が小走りに追ってくる。困ったようなそぶりを見せつつ、あたしに声をかけた。

「お知りあいですか?」

「白い長髪で紅い瞳なら、相方よ」

 兵士はあたしの狭い歩幅にあわせて、さかさかと横を歩く。しばらく口ごもってから、ためらいがちに言った。

「お元気そうでした」

「……そう」

 それは兵士なりの気遣いだったのか、ほんとうだったのかは知らない。でも、信じようと思った。

 お茶の用意をしてもらい、帰りはひとりで部屋に戻る。たいした距離でもない廊下も、いまは長く感じる。

 何をさせられているんだろう。どうしているんだろう。そればかり、気にしていた。

無事なら、元気なら、それで良い。そう、割りきれたら。

 部屋に近づくと、戸を叩いてもいないのに、マシューが招き入れてくれる。盆を卓に置いて、あたしはふたりの表情をうかがった。手紙を読んだだろうと思ったのだ。

 案の定、サマリアの脇には開封済みの手紙が放ってある。

 このようすでは、どうやら『早晩』が早くも来てしまったらしい。そんな気がして、あたしは彼らが自分から何かを言いだすのを待つことにした。

 給仕のまねごとをして茶器を手渡し、席につくと、サマリアがぽつりと言った。

「謹慎だそうです」

「武器入手の疑いで、クートにて謹慎を言いつかるそうだ。気を配るようにとある」

 あたし、茶器を止め、ふたりに訊く。

「それだけ?」

「はい」

 大きくは表に出ていないが、サマリアはどこか意気消沈といった風だった。

 大将側に何か不備があれば、即座にクートに赴かねばならない。疑惑は疑惑のままだ。彼女は『信じない』と宣言したばかりなのに。

 疑わしきは被告の利益に、でしょうが。

 変だな、これは何か、予想どおりにはならない感じがする。

 あたしは茶器を傾けながら、ほんの数瞬、目をすがめた。  

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