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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
青嵐よ、君の傍らへ
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4 - 06

 このあいだの騒動で壊れたのは一箇所きりだったが、それに一部の補修や改築も加わって、砦内には工具の音がひっきりなしに響いていた。あたしはそのうちのひとつ、暖炉のある部屋を覗き見て、有りあまるほどの時間を潰していた。

 すぐそこ、ほんの一ジネリほど先で、エドワード殿下たちと抜けた隠し通路がふさがれようとしていた。この通路を使って、外から侵入することはほぼ不可能だ。扉が完全なる外開きで、外側に取っ手のない構造なのだ。そのため、内側から塞いでしまえば、役に立たなくなる代物だった。

 一度でも使った隠し通路は閉じておく。大胆なのか、周到なのかは判りかねる。逃げ道は多いほうが良いような気がしてしまうのだ。あたしなら、きっと放っておく。

 この砦ってね、欠陥品だと思うのよ。ふつう、戦略上の要請があって置かれる城砦にはふたつ以上の出入り口があってしかるべきなの。でも、公式にはこのアシュドド城砦の出入り口は街道沿いのひとつしかない。あの跳ね橋周辺を外から固められてしまえば、逃げ道はほかにないのだ。

 こういう隠し通路は他にも作ってあるのかもしれないけれど、それにしたって、埋める必要はない。

 少なくとも、中尉さんと陛下はあたしとは違う考えのひとらしかった。城砦の工事は国王の許可が要る。彼女が陛下へ着工の許可を求めたのは十日ほど前だ。

 許可が下りたことを確認次第すぐに作業にかかれるようにと、中尉さんは資材も人手も事前に用意しはじめていた。気の早いことだなと思っていたのに、このありさまだ。

 あたしは腕組みをした。暖炉の奥の壁には詰めものがなされる。元の通路を覆うように新たな壁を組むようで、窓から煉瓦が運びこまれてきている。この部屋の真上にも補修箇所があるらしく、資材がそこの窓の前を通って運ばれていく。

 実は、反対したのだ。中尉さんに直談判までしてしまった。

 隠し通路として使えなくても、非常の際に出口として使える。城砦内の兵士に場所を教えておくべきだ。どうせ外からは使えないのだし、在ってもさしつかえないだろうって。

 もちろん、あたしには発言権はないので、すっかり却下された。それは覚悟していたから、たいして傷つきもしない。そのあとにつけくわえて言われたことばがみごとに刺さって、まだ小さく傷が残っている。

『アードレイ中将閣下はあなたの意見を容れてくださったそうですが、残念ながら、わたくしにはそうした度量が無いのです。どうかご容赦ください、ルキアどの』

 悪意では無いと思いたい。あたしは兵の動かしかたなら、幾通りでも知っている。けれど、城郭を使った戦法はからきしなのだ。攻城戦への対策はたてられない。だからきっと、ものすごーくダメな案だったのだろう。そう考えようとしているんだけど。

 でも、なぁ……。

 納得が行かなくて、ずるずると工事を見守っていたら、肩を叩かれた。

「マシュー」

「険しい顔だな。不審な点でもあるのか?」

 肩越しに暖炉を見た彼に、あたしはかぶりを振る。否定しておきながらも、それとなく訊ねてみる。

「中尉さんって、戦闘指揮の経験は?」

 マシューは工程から目を離さない。考えている風もない。やっぱり、一介の兵士が知ることではないかしらね。それほど期待をしないでいたのだが、彼は目だけを細めて答えた。

「無いな。さきの対東アダル戦では、中央からの命令伝達の任を負っていた。言っただろう、期待株なのだと」

 伝令はきわめて重要な任務だ。漏洩も誤伝も許されない。可能な限り迅速かつ正確に行われる必要がある。それだけに、有能で信頼の置ける者を用いる。

 その任に就いたってことは、中尉さんの能力が軍内で高く評価されているということ。将来性もたぶんにある。

 彼の口ぶりは知らないのかと言いたげで、あたしは自分でも変だと感じた。あんなにきれいな女性将校なら、傭兵のあいだでも噂になっていただろうに、名も聞いたことが無い。

 首を傾げて、マシューを見上げる。

「西側ではそんなに有名だったの?」

 こちらの質問で、合点がいったらしい。彼はようやくあたしに目を向けた。

「そういえば、君は別働隊だったな。西では彼女を指す符牒まで作られたのだ」

「ふぅん……」

 部屋を離れ、あたしは外へ出るための道をたどった。マシューはやっぱりヒマらしく、後をついてくる。

 広場に降りたつと、既視感のある光景が繰りひろげられていた。銀色美人が広場を横断している。

 今日の中尉さんは精力的に工事の現場を見てまわっているようだ。兵士が報告書片手に、あるいは手ぶらで、必死になって彼女のあとを追いかけている。

「やってるやってる」

 マシューがひとごとっぽく言う。あたしは彼女を目で追った。本音を言うと、あたしもたいがいヒマなのだ。

 厨房を手伝おうとしたら新米兵士どもに追いはらわれる。掃除道具などは持ったまま、三つだって数えられずに奪いとられる。修練しようにも、兵士用の武器を貸してもらえるはずもない。

 結果として、工事見学とマシューとの雑談が主なしごとのようになってしまっている。

 あたしはお散歩がてら、塔のほうへ向かう。中尉さんは暖炉のある部屋の前で呼びとめられて、兵士の話を聞いてやっている。それを左に見ながら歩いていたのだ。そのときまでは。

 どうしてそれに気がつけたのか、自分でもよくわからない。

 叫ぶより前に走っていた。走って、中尉さんと脇の兵士を押したおして。

衝撃は間をおかずに降ってきた。

 体の下で、中尉が何か言っている。文句かしらと思いつつ、あたしは目を閉じた。



 むにゃむにゃと、ぼやけた声が頭に響く。

 背中のむこうで、高い声と低い声が会話をしていた。あたし、状況がつかめずに薄目を開きながらも微動だにせず、その会話を理解しようとつとめた。

 はっきりと聞きとれるようになったのは、かなり後だった。

「……返していないのではないか?」

「刃物を渡すわけにはいかない」

 マシューと、中尉さんの声だ。

 あたし、刃物と聞いて、ぱっと自分の短剣のことを思いだした。長いこと身につけていないから忘れかけていたけれど、そういえば、とりあげられたまま、返してもらっていない。

 自分のことが話題になっていそうだと思うと、一気に意識が覚醒していく。わざとまぶたを閉じて、寝入っているフリをする。背後では、マシューがあきれたような声音で中尉を諭している。

 ん、『諭す』? 『諌める』? どちらの地位が上だったかしら。なにしろ、部署どころか指揮系統からして違うからなぁ。

 マシューはエドワード殿下づきの兵で、ほんとうの意味での近衛兵だ。師団からは独立した隊に属している。たいていは陛下や殿下の指示で動いている。対する中尉さんはれっきとした第二師団の小隊長さんである。

 さてさて、どちらが偉いんだったか。

「相手は隻眼のルカだ。今回の件でも、自らの危険をかえりみずに国へ手を貸そうとした。護身具ひとつくらい、持たせてもよいだろう」

「──『隻眼のルカ』、か。寡聞にして知らないのだが、どういう意味なのだ。こちらに着いてから、毎日のように兵士の誰かが口にする。彼らの口調を鑑みるに、多大に尊崇がふくまれている気がしてならない」

 尊崇っ? 尊敬だの、崇拝だのですって?無い無い、そんなの。

 あたし、内心で思いっきり否定する。だって、あんなにみんなに避けられて、なーにが尊敬ですか。

 思っているあたしをよそに、マシューは大げさな言いかたで解説をはじめる。

「第五次対東アダル帝国戦にて、新たに意味がくわわった通り名なのだ。正しくは一隻眼か、慧眼というべきなのだろうな。……中尉どのはコーファの戦いをご存知か?」

 ひさしぶりに聞いた戦いの名に、あたしの胸は一瞬だけ跳ねあがった。いま、体動いちゃわなかったかしら。不安になってしまう。

「第五次戦争末期、我が国の歩兵部隊が東アダルの騎兵部隊に対抗した戦いだろう。奇策と言われているな。

 指揮官はサング。ゲバル山脈とイェオール河間の平原にて。別働隊として傭兵をふくむ兵一千がアダルの横腹へ奇襲をしかける予定だったが、直前にアダル側へ情報漏出。敵方の対応を予期したサングは作戦を変更。山脈下の数箇所に陥穽を掘り、あいだに一見して無防備な歩兵を配置。歩兵を目掛けてやってきた騎兵に対し、陥穽を楯にした弓兵が山脈の斜面より一斉射撃を行った」

 中尉さんの声が途中から低くなり、起伏がなくなっていく。記憶から情報を探しだして、羅列しているらしい。要は、文書や人の口から見聞きした知識ということだろう。

 それにしても、すごい。口述だというのにすばらしく正確だった。あんなに長い文章、よく頭のなかにしまっておけるものだ。

 あたしは妙に感心しながらも、ちょっぴり驚いていた。意味がくわわっていたなんて知らないわよ。てっきり、片目のことだと。ああ、そうか。このあいだマシューが言おうとしていたのは二番目の意味だったんだ。

 納得しているうらで、マシューと中尉さんはふたりして黙りこんだ。何よ何よ。彼らの身ぶり手ぶりや表情が見えないものだから、あたし、うずうずしてしまう。けはいをうかがいかねていると、顔の上に影が差した。

「起きているのだろう、ルカ。あとは自分で説明するといい」

 言われて、しかたなくまぶたをひらく。マシューがおおいかぶさるようにして、こちらを見下ろしている。ばっちり目が合う。あたしはすっかり、ことばに詰まった。

「ええっと」

「まさか、コーファの戦いの作戦指揮をとったのが自分だとでも言いだすのではないでしょうね? もしもそうなら、冗談がすぎます」

 言いよどんでいるうちに釘を刺されて、あたしは困った。体を起こし、寝乱れてしまっているだろう髪をなでつけ、中尉さんと視線を交わす。紫の瞳の迫力といったら。

 だんだんといたたまれなくなって、あたしはしぶしぶ白状した。

「班長なら、していたけれど、さすがに指揮まではとっていないわ。でも、……作戦を立てたのはあたしっていうか。ほんとは、内緒だったのよ? サング隊長の策ってことでいいのに、隊長がどこかでしゃべったみたいで」

「どこかというか、陛下の御前で律儀に暴露していたな。『お褒めにあずかり光栄でございますが、あの作戦はわたくしの考えたものではございません』と」

「きゃーなにそれ初耳。」

 マシューの発言に声が思わずまったいらになってしまう。棒読みのように言って、あたしは「こういう事情なの」とばかりに、中尉さんへむかって肩をすくめる。彼女はこちらを凝視したまま、動きを止めていた。高速で何か考えているらしく、凝視とは言っても意識はこちらになさそうだ。

 目の前にてのひらをかざしてみる。数度、ぱたぱたと振る。瞳には色が戻ったけれど、どこか無表情に見える。そのくせ、頬にはどんどん赤みがさしてきていた。

 怒ってる──?

 あたしが不安を感じたのが伝わったのだろう。中尉は笑ってくれる。こうしてやわらかく笑ってくれたのは初めてだった。でも、心からのモノじゃないのはひとめでわかる。なんだか悔しそうでも、あきらめたようでも、自嘲しているようでもあった。そのどれともとれる微笑をうかべたまま、彼女は口を切る。

「短剣を、お返しします。ああ、座っていてください。まだ体が痛いでしょう。すぐに取ってきますから」

 言って立ちあがり、さっさと部屋を出ていく。その背にありがとうと小さく声をかけたあとで、あたしは状況説明を求め、マシューに目を転じた。  

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