表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
幕間 その4
53/67

幕間 - 02 藍色の花ことば

 中将たちが帰ってすぐ、下の通りが騒がしくなった。もしかして、ナギが帰ってきたのかなって思って、あたしは大急ぎで事務所を飛びだした。

 路地を突っ切って、左右を見回したけれど、さきほどの喧騒が空耳に思えてしまうくらい、あたりは穏やかだった。みんな、いつもどおりに店を開く支度をしているだけで、どこにもナギが居るようすはない。

 混乱して、あたしはあてどもなくその場をうろついてしまった。

 なんだったのよ、今の騒ぎは!

 外套も着忘れ、事務所の扉も開け放したままなのに気がついて、顔を覆ってしまいたくなる。あたしってば、どうしてナギのこととなると、こんな風になっちゃうのかしら。

 柄にもなく恥じ入っていたあたしの袖を、脇から引く手がある。繊手というほど華奢ではないけれど、細く白い腕だ。嗅ぎなれた匂いで、すぐにステラだと分かった。

「やぁね、ルカったら。将校さんなら、もう帰ったよ?」

 言いながら、ステラは自分の肩掛けを腕まで滑らせた。近寄ってきて、あたしを抱きかかえるように肩掛けで包んでくれる。

「フィルニルはもう取っちゃったの? あの、砂色の髪の将校さんから貰ったんだって、花売りの娘がふれまわってたけど」

 ごく浅くかがみこんで、ステラはあたしの頬をてのひらで挟むようにした。くちびるを軽く噛み、痛々しいといった表情をする。

「あんたも、この傷さえなきゃ、ねぇ……」

 左目の上をそっと指でなぞられた。くすぐったいったらなくって、笑いながら後ろにのけぞる。あたしがことばを深刻に受け取らなかったのが不服らしく、ステラは重ねて真剣な調子で言った。

「ルカは、もう二十三だろう? 将校さんは悪い方じゃなさそうだし、あの方のお妾さんになれば、良い暮らしができるはずだよ。これでナギさんといい仲なら、話は別だけどさ」

 ステラの真摯なようすには悪いけれど、あたしはついつい笑ってしまった。

 だって、花ことばも知らないで、気まぐれにフィルニルを手土産にしたのよ? それだけで話がこんな方向に進んでるのよ? 中将が気の毒ってものだわ。変な噂が立たなきゃいいけれど。

「冗談はいいかげんにして、ステラ。中将には好きな人がいるのよ。聞いたかぎりでは、八年も片思いしてるらしいわ。それに。それに、あたしは貴族のモノになんかならない」

「どうしてよ。こんな傷ができるような戦場に行ったり、よろず屋で辛い目にあったりしなくて済むんだよ?」

 肩掛けの端を掴んで、ステラの目を見返した。感情が、過去があふれてしまいそうだけれど、でも、今、うつむきたくはない。

「そうなったら、あたしはよろず屋のルカじゃなくなっちゃう。ナギの隣に居られなくなっちゃうの」

「あたりまえでしょう、何言って……まさか、あんた、ナギさんが好きなの?」

 違う、そうじゃないの。そうじゃなくって。

 あたしはどうしても、うまくほんとうのことが言えなくて、どうしようもなくって、一心に彼女の瞳を見上げて、言いつのる。

「ルカでなくなったら、ナギの足手まといになるんだもの」

 ステラはあたしの勢いにただ首を傾げる。

 でもね、ステラ。あたしには、こうとしか言いようが無いのよ。ただのルカで居るうちだけなの、ナギと一緒に居られるのは。

 ルカだから、ナギは全力で守ってくれるし、あたしもナギのために働ける。もしも、ルカで無くなったら、そんな構図、実現しないの。

「これ、ありがとう。扉、開けたままで来ちゃったから、事務所に戻るわ」

 笑顔で肩掛けを返して、あたしは事務所までの路地を足早に戻る。薄着の肌には、空気が冷たい。もうすぐ、また冬がくる。

 そうしたら、去年みたいに農家のお手伝いに行こう。きっと、近く依頼がくるから。薪を割って、買い出しに行って、雪が降る前に壊れかけた屋根を葺きなおす。そうやって、毎年変わらない流れに、この身を浸したい。

 変わらないでいたいのに、世界は目まぐるしく動いていく。

 あたしは階段をのぼりつめ、事務所に駆けこむ。後ろ手に閉じた扉の向こうで、花柳が夜に華やぎはじめる音が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご感想やコメントをお寄せください!
(匿名で送れます)
マシュマロを送る!

次作や連載再開のための燃料をください!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ