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行きと同じように歩いて傾斜をくだり、平地に入ったところで馬の背に乗った。
重心を失った頭をことん、と後ろに預け、あたしは目をつぶる。
「疲れましたか?」
答えないでいると、馬の足が常足に落ちた。
「眠って、いるのですか?」
なおも黙っていると、抱きよせられた。あたしはぺちぺちと腰にまわった腕を叩いた。
「ねー、何してんの、中将」
「おやすみのようだったので落馬してはと」
「落ちこんでるのよ、寝てるんじゃなく」
ふてくされて言うと、中将は腕を解いた。
「……気落ちしているのは、私も同様です。名を聞いたときに、気がつくべきでした」
「殿下の名前じゃないもの、わからないわ」
いいえ、と中将はことばを切った。
「アリソンは殿下の第二名です」
「でも、女性名よ? それに、さっきは」
「エドワード・アリソン・サレム・アリエル・パルヨハネが王族としての正式な名です。殿下は主に略称を好んでお使いになります」
言われて初めて気がついた。偽名やふだん使わぬ名ならば、身許がはっきりしなくなる。それは、あたしも使った手だというのに。
貴族や王族の男子に女性名をつけるのは、古い流行だ。女性名を持った伝説的な王にあやかってのことらしい。中将自身が古風な名を持つからこそ気づきたかったんだろう。
あの容姿で『アリソン』は、なぁ。中将が『マリア』と名乗れば、すぐにわかるけどさ。
あたしは気分を変えようと、話題を転じた。
「結局、ツィブオン大尉と民間人の関係って、どんなものだったの」
「嘆願に来た農民らを、そそのかしたのだそうです。隠れ家を貸し与え、表向きは城砦を占拠されたという狂言を演じていました」
「そんなことして、何の利点が?」
「アダルが攻め入る口実を与え、見返りにあちらの高官に就く心積もりだったようです」
西はともかく、東アダル帝国は常にアスの地を欲している。国を売るつもりだったのだ。
確かに、王子があと二日間、いや、一日でもアシュドドに居たなら、実際のこととなっていたかもしれない。
「じゃあ、王城正門への投げ文は?」
「ツィブオンの策ではなく、農民らの考えでなされたものでした」
「ある意味、お手柄ね。あれが無ければ、アシュドドだなんて分からなかったんだもの」
「ええ、思いがけないことですが」
どこか愉しげに言う中将に、あたしはさっきから考えて通していたことを告げた。
「ねぇ、中将。あたし、報酬は要らないわ」
「しかし、」
「あたしにくれるくらいなら、救護院に配ったほうがよっぽど正しいお金の使い途よ」
中将はどんな表情をしてるだろう。あたりまえだと、思うかしら。
「……あなたは変わりませんね」
肯定とも否定ともつかないつぶやきだった。
「一日二日じゃ、変わるワケがないわ」
「そうですね」
今度は、抑えた笑い声。
馬は休み休み駆けた。あたしたちも痛む体をやすめながらの強行軍である。
日が傾き、空が纏う色を変える。闇が色を濃くしたころ、暖かい灯りが遠くに見えた。