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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
よろず屋は今日も開店休業
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3 - 09

 初対面のようすではふざけた男に見えたマロトも、案内役としてはしっかりしていた。

 あたしが投げかけた質問に、マロトは自分のわかるかぎりのことを生真面目に答える。やりとりを交わしながら、あたしたちは広場を突っきり、見張り塔の真下までやって来た。

 この中に、王子が居るかもしれない。

 塔と居住棟とは通路で繋がっていない。塔の地上部分には入口らしきものはなく、手の届く範囲には窓もない。隣接する居住棟が三階立てであることから考えると、五階建てと思われる。見張り場は五階部分にあった。

 実はあたしも中に入ったことはない。知り合いに話を聞いたことがあるだけだった。なぜって、この塔は見張り台と懲罰房を兼ねているからだ。中に入ったら出ることは容易ではないと、おどかされたのを憶えている。

「この塔、どうやって入るの」

 マロトは塔を見上げ、壁を指さした。

「壁が一カ所だけ茶色いだろ? あれが入口。中に縄ばしごがあって、それをつかって登り降りするんだって」

 色が違う部分は、木戸らしい。居住棟の屋根と同じくらいの高さにある。三階程度だ。

 鉤付きの縄をかけて上がるには、無理がありそうだ。蝶番が見えないということは、外開きの戸なのだ。戸の周囲に鉤を引っかけても、開く戸に押されて、はずれてしまう。第一、広場には人の目が多過ぎた。

 城砦内をまわり終え、居住棟に昇る階段の途中だった。

「昨日はミランダのところに泊まったの?」

「ええ。よくしてもらったわ」

「でも、やっぱり……ない」

「えっ?」

 マロトはふりかえって怒鳴った。

「似てねぇって言ってるんだよ!」

 マロトは怖いくらいの瞳であたしを睨む。思いがけず叫んでしまって、自分でも収拾がつかなくなっているのだろう。目をさまよわせて、もどかしそうにつづける。

「あんたは戦争なんて知らないだろっ? 人を殺して、生きるために、ヤベツは殺されて、あんたが王都で、父親や男に守られてぬくぬくして笑ってるあいだに、ヤベツはっ」

 涙が落ちた。大人びた顔つきも剥がれ、幼い表情がのぞく。マロトはしゃがみこんだ。

「俺たち、直前に徴兵されて、ろくな訓練も受けてなくて、槍、防げなくて」

 返すことばを、見つけられなかった。

 どうすれば、いい。ねぇ、ナギ。あたし、どうしてもらったっけ。

 口をついて出たのは、謝罪だった。

「ごめんなさいね」

 謝って、肩を抱く。腕のなか、彼は震える。

 安っぽい謝罪など、要らない。そんなことは知ってる。おばあさんの話を聞いたときから分かってる。でも、謝らずにはいられない。

 同じ戦場に、立っていたから。

 しばらくの後、マロトはぐっと袖で顔を拭った。あたしの手をやんわりと払って立ち、黙って階段を昇りきった。あたしもその後を追い、棟に戻った。

 あたしを送り届けた彼は、何か言いたげだった。あたしは促すように声をかける。

「どうしたの」

「俺たち、咎人なんだ。だから、関わりあいにならないで、すぐに出てったほうがいい」

 てっきり、先刻の件と考えていたあたしは、凍りつく思いがした。声に、力が入らない。

「何よ、それ」

「村のみんなにあんたたちを帰してくれるように頼む。あんたは髪が焦げ茶だし、ここにいたら咎人と間違われて死ぬかもしれない」

 要領を得ないマロトの答えに、あたしはもう一度、質問をくり返した。

「マロト、あなた、何をしたっていうの」

「それは言えないんだ」

「そもそも、あなたたちはなぜ砦に居るの」

 マロトは目を見開き、悲しげにあたしを見つめ、顔を伏せた。首を横にはげしく振る。

「言えない!」

 それだけ叫んで、彼は逃げるように部屋を飛びだしていく。あたしは扉が反動で閉じるのを見ながら、立ちすくんでいた。

 咎って、どういうこと。死罪になる可能性のある咎なんて、数えるほどしかないのに。

 昨日、事務所で中将たちに向かって冗談半分に言ったことばが、頭を回りだす。

 ──王子をかどわかしたのは、彼らなのだ。

 ひどい眩暈がした。


 寝台に倒れこむ。服の裾が乱れ、短剣の鞘がのぞく。

 どうして、いままで気がつかずにいたんだろう。はじめからよく考えれば、このくらいの答えは出せたはずなのに。

 『徴兵制の撤廃』なんて、要求自体が莫迦げている。自分で自分の首を絞めることだ。政治か軍事をかじった者なら、思いつきもしない。大半を徴募兵で補うシラ軍の内情を知れば、こんなことは口が裂けても言えない。

 だから。城砦を預かるツィブオン大尉のことばではあり得ない。だが、農民たちが砦を占拠できるワケも当然ながら、ない。内部の者が手引きしたか、手を貸したか。多くの兵はきっと何も知りはしない。ただ、城砦に一般人が出入りすることを不審がるだけだ。

 あたしは意を決した。

 胸元にしまった手紙を取りだし、封筒のまま胸に抱く。

 ナギ、あたし、ちゃんと成功させるんだから。先に戻って、事務所であなたを迎えるの。

 あたしは寝台から起きあがる。被っていたうすぎぬを脱ぎ去る。

 戦いの、はじまりだ。


 もとの服に着替えた。足に小幅の布を巻く。巻き脚絆だ。長靴と衣服の上から、きっちりと。腕にも同じように巻きつける。

 鉤を取り出し、細縄に結ぶ。重いものや音の鳴るものは一切持たない。矢でもまともに当たれば、命はない。いつものことだ。右太腿につけた鞘に短剣をしっかりとさし直す。得物はこれで充分。

 最後に手紙を懐へ。準備はととのった。

 あたしはくるっと、扉をふりむき、

「──っ!」

 大声をこらえたのは我ながら上出来だった。

 中将が腕を組んで、扉の前に立っていた。顔が険しい。怒ってる! 絶対、怒ってる!

「ち、中将。いままで、どこに居たの」

「この棟の上階に。ツィブオン大尉と共に軟禁されていましたが、どうやらみな、私の顔を知らないらしい。すぐに解放されました」

 そ、それはようござんした。無意識にあとずさりしたあたしの心情を推し量ったらしい。中将は軽く嘆息した。

「気配を殺さずにどうやって針を使えと」

「言われてみれば、そうだわね」

 中将は、家柄のおかげでも、頭だけのせいでもないのだ。殺されてしかるべき状況に身を置いてはじめて、身にしみて理解した。

 ああ、指先がつべたいです……。

「ひとりで行かせると思いますか?」

 穏やかな声が威圧感をかもしだす。中将は扉の前から動こうとしない。

 いえ、思いません、思いませんったら。

「……作戦、練り直す」

「そうしてください」

 中将は長椅子に座った。時間が動き出す。

 あたしは暫時、抜けたがる膝を叱り飛ばして、立つことだけに力を費やすはめになった。

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