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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
よろず屋は今日も開店休業
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3 - 07

 暗い。まだ、日は出ていないのだ。

 息をひそめる。気配がある。部屋の外だ。寝台が軋まぬよう、ゆっくりと身を起こす。

 居間は静かだ。では、外か。窓のむこう。

 夜盗だろうか。厩には中将の馬がつながれたままだ。盗まれてしまったら、さきが辛い。

 状況をたしかめようと床へ足を降ろす。視線を前にやり、あたしは動きをとめた。

 暗闇のなか、星明かりに白目がひかった。ぞっとして見つめると、相手が口をきいた。

「だいじょうぶですか?」

 声でまちがいに気づいて、ふうっと息を吐く。中将が壁にもたれて、こちらを見ているだけだった。昨夜と体勢が変わっていない気がする。まさか、一晩中起きていたの?

 中将はあたしの視線の意味をかぎとったのだろう。先まわりして、きっぱりと否定した。

「身構えてしまっただけです」

 素っ気なく言い、窓辺の影に身を潜め、外をうかがう。あたしも近くへ忍んでいく。

 闇にうかびあがるのは、案の定、葦毛の馬だった。厩からひきだされ、歩いている。馬ながら、いやいや歩いているのがよくわかる。

 つれていかれる前にと飛びだそうとしたあたしを、中将が目でとめる。じりじりながら馬をひく人物を再度確かめ、泣きたくなった。

「おじさん……っ」

 つぶやいたあたしを、中将はちらりと見た。

「捕まえます。ここにいてください」

 いうなり、窓を押しひらく。

「ルキア、こちらだ!」

 腕を振っての呼びかけに、心臓がはねた。

 夜を裂いた大音声に、馬がおじさんの手を離れ、こちらへ駆けてくる。おじさんは転げるように草原へ逃げた。体躯に似合わぬすばしっこさも、馬の前では悪あがきにすぎない。

 馬を駆った中将が追いつき、襟首を捕まえる。首がしまらないようにひきずってきて、家の前で地面へ投げころがした。

 うう、容赦ない……

 あたしが思わず顔をひきつらせたのを心外そうに一瞥して、中将は馬を降り、おじさんに長剣を突きつけた。

「何の真似だ」

 美人さんにすごまれて、おじさんは暗がりでもわかるほどにあおざめた。

 あたしは窓枠を飛び越え、かけだした。中将の長剣を、気づいたら、制していた。

「なにを、」

「怖がらせたり痛い目にあわせたりしても、何にもでないわ。このひとには何か事情がある。あなたにだって、わかってるでしょ?」

 中将は浅くくちびるをかみ、しばらくして剣をしまった。あたしはおじさんを助けおこし、服の土を手で払った。

「あんた、女だったのか」

 ぼうぜんとして言うおじさんに笑い、家のなかへとうながす。うしろで馬の尾がぱさ、ぱさっと鳴る。ふりかえると、馬はうつむく中将の近くでたたずんでいる。

「中将、その子をつないだら、すぐに来て。おじさんから話を聞きましょう」

 そうして、場は食卓へと移った。

 あれだけの大声だ。おばさんもおばあさんも起きだしていた。そこに、土ぼこりにまみれたおじさんがあたしたちと一緒に入ってきたのだ。どうやら、事情を察したようだった。

「何をする気だったの」

 おじさんは答えない。おばさんがその肩を何度もなでおろしている。見かねたのだろう。おばあさんが率先して語りはじめた。

「あんた、都の軍人さんだろう」

 中将をまっすぐに見る瞳。肯定も、否定もない。おばあさんは感情のない調子で続けた。

「ねぇ、軍人さん。戦争なんてせず、ここらをアダルにくれてやっちゃダメなのかい?」

 ことばを失っていると、おばあさんはあたしを見て目を細めた。

「お嬢ちゃん、うちのヤベツによく似てる」

「ヤベツ?」

「孫息子さ。女の子みたいにかわいい顔をした子でね。去年、死んじまった」

 遠くを見るように、おばあさんはあたしを見る。あたしは、あの中途半端な客間の意味を、理解してしまっていた。

 胸が、うずく。

「徴兵されていって、戦争で死んだ。まだ、十五歳だった。わたしのせいでね」

「戦争で、でしょ?」

「前線にだされたんだよ。この目のせいで」

 おばあさんは、こちらを真向かいに見た。自然と目が合って、あたしは息を飲んだ。

 夕食のときはわからなかったけれど、おばあさんの瞳は、黒かった。

「エレブ人なのさ。娘にはなんの障りもなかったが、孫は黒い目になっちまってね」

 それこそが、『例外』だった。

 白髪も、若いころは黒髪だったのだろう。こうしていると、エレブ人だとはわからない。

 おばさんが顔をあげた。

「徴兵制をね、廃止してもらおうって動きがあるんだ。軍人が領地に入ったら報告するように言われてる」

 どこに報告をするの。たずねたあたしに、おばさんは思ったとおりの地名を返した。

 ──アシュドド城砦。

「戦争から帰った若い衆が言っていたよ。このあたりの者はほとんどが前線に立たされたって。ここらはみんな、エレブの血を引いているから、捨て駒にされたんだ」

 吐きすてることばに、怒りは見えない。代わりに込められていたのは、諦念だった。

 何の力も持たないアス人のあたしが、良いこと言ったところで、なんにも変わらない。

 気を遣ったのがわかってしまったか、おばあさんは声をひそめ、からかうように言った。

「駆け落ちかい?」

「ふぇっ?」

 声を裏返らせたあたしに、たたみかける。

「ふたり乗りで来たんだろう。鞍を置かない馬に、軍人さんがひとりで乗るわけがない」

 馬の話まではおっしゃる通りなんだけど。

 神妙な気分でいたから、弁解が思いつかない。ほんと、頭の回転の悪さがうらめしい。

「嫌がりもしないで、ひとつ部屋で眠ったのも、それなら説明できようね」

「違っ、あたし」

「貴族の若さん捕まえるとはやるじゃないの。お役目放り出しての逃避行なんて若いわぁ」

 違うってば! 捕まえてなんかない! あたしはよろず屋で、中将はただのお目付役で。

 秘密だらけで、あたしはただ口をぱくぱくさせてしまう。誤解が誤解を呼び、しまいには「浪漫譚だねぇ」とため息をつかれる始末。

 あたしは、おばあさんのたくましい想像力の前に降参した。

「……そ、そうなのっ。夕方に思い立って王都を飛びだして来ちゃって。でも、このひとも軍服じゃあ、このさき困るわよねえ!」

 無理やり話をあわせてみせたが、中将はあきれ果てたらしい。ひとことも口をきかない。

 気を利かせたおばさんが出してきたのは、男物の新しいひとそろいだった。

「ヤベツが帰ってきたら着せようと思ってたんだけど、もうだれも着ないし、あげるよ」

 実はね、あんたにも着せたいものがあるんだよ。言って、おばさんは乙女ちっくに手をあわせ、笑顔ですばらしいことを口走った。




 ふたりで部屋に戻ると、どっと疲れた。寝台に身を投げだすと、中将も低くぼやいた。

「駆け落ち中の恋人同士とは……」

「これでもし、中将が既婚者然としてたら、新婚旅行にかわるだけでしょうよ」

 中将が眉を上げ、こちらに目をむける。

「あなたの夫には、役者不足ですか?」

「夫役としては合格なんじゃないの? おばあさん、きっと勘違いするわよ?」

 誉めたつもりなんだけど、中将はお気に召さなかったようだった。もらった男物のうえに重ねられた『それ』を手渡してよこす。

 あたしは折りたたまれていた『それ』をびらーんと広げ、そのまま凍りついた。

「…………っ」

 ことばをうしなったあたしに、中将は怖いくらいの微笑みをくれる。

「着て、いただけますね?」

 有無を言わさぬ口ぶりである。

 これを、あたしが? う、嘘でしょー?

 農民の服とあって、あまり気乗りしないようすだった中将が妙に生き生きしだす。楽しんでるっ。絶対、あなた楽しんでるでしょ!

 たじろいだこちらを無視し、着替えを促すように、笑顔の中将は部屋の外へ出ていった。

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