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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
よろず屋は今日も開店休業
44/67

3 - 06

 男同士と思われたせいか、ふたりでひとつの客間へと押しこまれた。寝台はひとつきり、ひとりは床で寝ることになる。

 もしかして、この家には客間はなかったのかしら。客間なら、寝台はふたつあるほうが便利だ。実は誰かの部屋だけど、いまはでかけているから宿を貸してもらえたのかも。

「中将は『騎士さま』、あたしは『従者』。あたしが床で寝るのが順当ってもんでしょ?」

 いったいどこがおかしいかしら? 強気に出るも、中将は頑として寝台で休むことを拒否する。さらに声を低めて言うことには。

「ご婦人を差しおいて寝台など使えません」

 頭痛をおぼえ、あたしは眉間をもんだ。

「あなた、おめめはふたつついている? ここに『ご婦人』なんか居やしないわ。四の五の言わずに寝台で眠ってちょうだい」

「いいえ! 私が床に」

「だから、なんでよ」

「あなたが女性だからです!」

 声を荒げそうになり、必死に我慢した。言い負かしたと勘違いしたのだろう。中将は床のうえに設えた寝床へと、勝手に座りこんでしまった。てこでも動かないという構えだ。

 観念して、寝台に座る。年代物らしく、金切り声に似た音をたてている。それでも、今夜は野宿のつもりだった。寝台に横になれるというのは、うれしいですよ、間違いなく。

 しかしながら、中将はふくれっつらだった。

「怒ってるの?」

 こそっと話しかけると、彼は目をあげた。

「女性としての自覚はないのですか」

「自覚はしてる。でも、仕事ではそうも言ってられないわ。傭兵として戦場にいるとき、寝台で寝たいなんて、言えると思う?」

「しかし、せめて私の前では、」

 不自然にことばが途切れた。首をかしげて続きを待っていると、中将は手をふった。

「な、なんでもありません」

 うつむいて、なぜか真っ赤になっている。

 何よ、最後まで言えばいいのに。

 あたしは気を取りなおして、ナギからの手紙を鞄から取りだし、封を切った。

 旅先の町々でのできことが、淡々とした筆致でつづられている。大まかな近況を語り終え、文章はすっとぼけた感じにこう続いた。

『出かける前に偉いさんに貸しをつくった。留守中に大きな依頼が入るかもしれないが、それは俺のしごとだ。急を要するものでなければ、手をつけないでくれ。急ぎであれば、代わりにやってこい。いい機会だから。

 ただし、依頼内容はきっちりと聴くこと。ルカの力量は信じるが、コトがでかかったら、無理せずに断れ。特に、政治がらみのしごとは危険が多い。いまのルカには荷が重いぞ。

 引き受けるときは、報酬の交渉を忘れないように。一週間くらいで戻る。帰ったら報告を聞くから、準備しとけ。     ナギ』

 ──ほ、報酬! また忘れてた!

 ナギってば、予知能力でもあるのかしら。ところどころ、刺さったんですけれども。

「『ナギ』からの手紙ですか?」

 あたしの手元を見て、中将が尋ねる。

「そうよ、よくわかったわね」

「たのしそうにしていらっしゃるので」

「──?」

 トゲのある口調だが、格別の心当たりもない。軽く流して手紙を鞄へとしまいこむ。

 中将は片あぐらをかき、立てた足を抱えて壁に寄りかかる。整った顔立ちだけに、くだけた格好もさまになる。……長い足だなあ。

 みずからの短足加減をなげいて、床にも届かない足をぶらぶらしていると、中将は真剣な面持ちできりだした。

「後学のために、夕食時の会話について説明していただけませんか」

「髪染めの話?」

 さて、どこから話そう。染め粉の話自体は世間話なのだが、背景にはあつかいの難しい問題が隠れている。

 中将はいったいどこまでの知識を持っているのだろう。あのときのようすでは、はかりかねる。あたしはことばを選んだ。

「南のアス人と北のエレブ人の軋轢は知っているかしら」

 翡翠の瞳が揺れる。はっきりと口にするのはためらわれるのだろう。

「差別、ですか?」

「そう。アス人のエレブ人に対する、ね」

 ある程度のことは知っているらしい。あたしは基本的事項を省いて、話しはじめた。

「髪と瞳、肌が黒いというだけで、アスに来たエレブ人は不当なあつかいを受けるわ。宿に泊まれなかったり、店で品物を買えなかったりなんて、ざらよ。シラの王都はいまでも、使者以外のエレブ人を受け入れないわ」

 黒は尊く、忌むべき色。冥界神の纏う色。

 シラ王国をはじめとするアスの国々には、民間信仰が根強く残っている。おそらくその信仰が発端だったのだろうというのが定説だ。

 生物学者らによる他説もある。

 太古にサフィラ付近で生まれた人間が現在のアス人の祖で、みな白い肌にうすい色の瞳と髪だった。だが、突然変異的に白い人間より日差しに強いひとびとが生まれはじめた。黒い肌に黒い瞳、黒い髪を持つ人間だ。突如として現れた少数の黒い人間は、圧倒的多数の白いひとびとによって北へと追いやられた。それが現在のエレブ人の祖だと言うのだ。

 『進化』説を裏付けるように、エレブ人同士の親から、アス人の特徴を持つ子が生まれることもあるそうだ。一種の先祖返りだろう。

 何が原因か、いまとなってはわからない。あるいは、すべてだったのかもしれない。

 差別は厳然と、この世に残っている。

「差別はアスだけで起きているわけじゃないの。現実にはエレブでもある。エレブ人によるアス人への差別よ。おばさんも言ってたでしょ? あたしみたいなこげ茶の髪と目なら、まず目立たない。だけど、あなたみたいにひと目でアス人だとわかる髪色のひとは、ね」

 中将は拙い説明で、おおよそのところを理解してくれたようだ。念を押すように言う。

「髪を黒く染めれば、問題ないのですね?」

「エレブ人だからって、みんながみんな髪も瞳も肌もぜんぶ黒いワケじゃないのよ。西方のひとは黒髪だけだって聞くわ。ただ、瞳や肌に黒がなくても、髪は黒いから」

 純血なら、だけどね。

 いま例外を教えたところで、混乱するだけだ。あたしも、よろず屋としてナギについて国々をまわらなければ、知ることもなかった。

「知らなかったからって気に病むことじゃないわ。常識は土地によって違うものよ」

 沈んだようすの中将に慰めに近いことばをかけて、あたしは寝台に入った。刺し子のうすい上掛けをかぶる。

「明朝はおばさんたちと一緒に動きはじめましょ。朝早いから、先に寝るね」

 中将の返事も聞かずに目を閉じ、次に目覚めたのは、朝ではなかった。

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